芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

投稿者: EBJ

ゴルフから学ぶこと

 私は生まれてこのかた、球技に興味を持ったことがなかった。スポーツのセンスがなかったし、肥満体形だったしで、球技はむしろ苦痛だった。キャプテン翼が流行った時期、一応アディダスのキャップとハイソックスとシューズを着用したものの、それらは形だけであり、サッカーが好きだったわけではなかった。
 ゴルフに関してもしかりであった。上司との付き合いでコースに出たことはあるものの、走ってばかりで、ちっとも面白くなかった。ところが、今回のゴルフは違う気がする。今回ばかりは続く気がするのだ。結論から言うと、付き合いゴルフでのスコアが180であったのに対し、今回は157。数字が違う。
 これはそもそも、ゴルフをやることになった経緯と、仲間が違うのだ。まず、ゴルフをやる仲間は、それぞれ独立開業しているI会計士、N会計士、H会計士、A会計士だ。年上だし、会計士としても先輩だが、非常によくしてくれるし、いつもお世話になっている。まず、N会計士はサッカーが大好きであり、私をサッカー観戦に引き込んでくれたのも彼だ。N会計士は非常に社交的であり、仲間と時間を共有することを大事にしている。N会計士以外の方々もスポーツが好きだし、社交的で、紳士的だ。ゴルフそのものを学ぶというより、そうした、ゴルフをやることになった経緯と、プレーを通した時間の共有に、感謝である。
 私の備忘のために書いておくと、現時点では、①グリップ、②フォームが重要である。特にフォームは、足の親指に体重がかかる、要は前のめりになる位にすると、私の場合は調子がよい。あとは、3打目以降のアプローチだ。アプローチを練習しないと。

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受取利息に係る税金は、損金算入ですか、損金不算入ですか。

非常にややこしいのですけど、法人税の計算において源泉所得税は損金算入又は損金不算入のどちらでもいいのです。原則は損金算入です。ところが税額控除を受けるには、課税技術上の問題から損金不算入とします。損金算入よりも税額控除の方が有利ですからたいていの会社は損金不算入で処理をして税額控除を受けます。
源泉徴収されている地方税(道府県民税利子割額といいます)は法人税の申告において損金不算入です。
受取利息に対しては15%の所得税と5%の住民税が源泉徴収されます。1万円の受取利息が発生した場合、2000円控除されて通帳に記帳されるのは8000円になります。2000円の内訳は源泉所得税が1500円と住民税が500円です。
受取利息は1万円ですから本来の収益は1万円です。税率を30%としますと3000円が法人税となるはずです。しかも既に1500円先払いしていますから実際の納付額は1500円です。
ところが源泉所得税を損金算入で処理するということは、通帳に記帳された8000円に損金不算入の住民税500円を加算した8500円に対して30%を掛けます。2550円が法人税額になります。3000円と2550円では後者の方が得したように見えますけど、実は15%分すなわち1500円分を源泉徴収されていますので2550円と1500円の合計額の4050円を納税することになります。損金算入した場合は、税額控除は受けられないのです。
1万円の収益に対して30%の税率では3000円、先払い分の1500円を控除して1500円となるはずなのに、損金算入しますと4050円と計算されます。そこで、税額控除の方を選択します。
8000円に損金不算入として2000円を加算します。課税額1万円に対して30%を掛けますと3000円が求められます。既に1500円が源泉徴収されていますので3000円から1500円を控除した1500円が実際の納付額となります。
源泉所得税は法人税の前払、住民税は地方税の前払と考えます。従って、法人税の申告において源泉所得税の税額控除を行ない、道府県民税の申告において住民税(道府県民税利子割額)の税額控除を行ないます。
http://internet-kaikei.com/keiri/shinkoku.html
法人税法上損金とならないもの具体例
損金の額に算入した道府県民税利子割額 預金等の利子に課された利子割額(5%)
法人税額から控除される所得税額 預金等の利子に課された所得税額(15%)
http://www.kk-support.com/setsuzei/ko_sozei.htm#2
利子・配当等については、源泉所得税を差し引かれた金額(手取額)が受取金額となります。この源泉所得税については、損金算入してもしなくてもよいこととなっています。損金算入した場合は、法人税額からその源泉所得税を控除することができません。
どちらが法人に有利かというと、損金不算入として控除所得税額の規定を利用する方です。したがって必ず損金不算入し、控除所得税額を受けるようにして下さい。
http://www.kk-support.com/setsuzei/ko_syotoku.htm#1
後段は古い税率がありますので無視してください。
そこで、法人が源泉徴収された所得税を、法人税の前払的性格を有するものと考え、この所得税と法人税の二重課税を排除するため、源泉徴収された所得税額を、法人税額から控除することにしています。これを所得税額控除といいます。
http://www.kk-support.com/setsuzei/ko_syotoku.htm#2
したがって、当期利益の計算上、費用に計上されている所得税額は、別表4で法人税額控除所得税額として加算されます。
http://www.smash-keiei.com/news_m.php?p=1247
後段の「10% 国税」は「15% 国税」が正しいです。
http://www.pref.ishikawa.jp/zei/a5.html#q31
http://www.pref.ishikawa.jp/zei/a5.html#q34
法人に対して課税された県民税利子割については、その法人の本店所在地の都道府県に申告する都道府県民税の法人税割から税額控除することとなっています。

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サザンを聴くと湘南に行きたくなるのはなぜか。

夕方から一人ドライブしていた。葉山、逗子、鎌倉、茅ヶ崎と、湘南づくしだ。北の方に行こうと思ったが、『四六時中に好き〜と言って〜』というラジオを聴いたら、海が見たくなったのだ。
道は全く混雑しておらず、海辺を3,500回転・2速ホールドで、「フォ~~」っと流していた。殊のほか気持がよかった。
(今日は「思念」は無しです。)
葉山で撮った富士山の写真です。

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ベトナム・リスク???

 最近、チャイナ・リスクという言葉をよく耳にする。カントリー・リスクの一種であり、中国に限らず、海外で仕事をするならば一般的にあるリスクも含まれていると思われるが、中国進出が旬なだけに、存在感のある言葉である。
 上海に駐在経験のあるI会計士がベトナムに来た時に言った言葉が印象的である。「ベトナムは昔の中国に似てるね。ベトナム固有の事情を除けば、おそらく、中国と同様の道を歩むのかもしれないね。」と。
 ようやく2009年の末ごろから、ベトナムへの進出案件が増えてきた(持ち直してきた)感があり、新聞紙上も「ベトナム」という言葉が目立つ。ビジネスにはリスクが付き物だが、回避またはコントロールできるリスクは回避またはコントロールしたいものだ。今後ベトナム進出を検討している企業のために何かできないものか、ちょっと案が浮かんだ。

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趣味について

 Wikiによると、趣味とは、『1.人間が自由時間(生理的必要時間と労働時間を除いた時間、余暇)に、好んで習慣的に繰り返しおこなう事柄やその対象のこと。道楽ないしホビー(英:hobby)。 』とある。一方、『2.物の持つ味わい・おもむき(情趣)を指し、それを観賞しうる能力(美しいものや面白いものについての好みや嗜好)のこと(英:taste)。・・・。 』ともある。1.だとちょっと深度に欠ける感じがするが、2.を前提に1.であるとするならば、趣味とは、『ある対象の持つ味わい・趣きを鑑賞し、また、好んで習慣的に繰り返し行う、その対象である。』ということができるだろう。
 私の趣味の一つは古い車。最近は比較的に時間的余裕があったので、趣味実現の場でもありクライアントでもある某ガレージに入り浸ることが多かった。そこには、某ガレージ代表はもちろんのこと、かなり個性的な人たちが出入りする。ふら~っと来てはお茶を飲みながら、車談義や冗談を言って、笑いが絶えない。ただ、一つ言えるのは、その某ガレージに出入りする人たちは、『自分一人ピンの仕事を持ち、自分軸を持っている。』ということである。善し悪しの問題ではなくて、ほとんど自営業の人たちである。靴製造販売業、内装業、電気工事業等々、(もちろん他人の力は借りるが)自分の仕事を持ち、維持している。そして、その上で、古い車を趣味としている。なので、彼らの興味の対象は、車オンリーではない。時間をもてあまして車を流す、なんてことはしない。車はあくまで趣味。しかし、とても大切にしている。
 私がまだ会社勤めだった頃もこの某ガレージに出入りしていたが、実は、彼らに対し、一種の憧れがあった。「自由ほど厳しいものはない。」という言葉があるくらい、自営業は生易しいものではないだろう。いろいろな問題もあるだろう。しかし、某ガレージに来ると、なんだか生き生きとして見える。こうした人と人のつながりがあるのも趣味の一環である。趣味とは、人生を豊かにするものである。

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幸福論③

 本日の午前中は、印鑑証明を取得するために区役所に行った。家からは近いが、地下鉄の駅から距離のあるところにあり、印鑑証明を取得して駅まで行くのに、しばらく歩くことになった。「クソ暑いな。」と思いつつ歩いていたのだが、ふと、木々の緑が美しく見え、空を見上げると太陽がいかにも夏らしくさんさんと輝いているのが微笑ましく思え、「ああ、日本には四季があり、夏のこの暑さも、汗が出るのも、心地よいな。」と、「幸せ」を感じたのであった。
 一旦幸せを感じてしまうと、電車に乗っても、居眠りをしている茶髪の女性が寄りかかってきても不快には思えず、目の前のあまり品のないおじさんを見ても、微笑ましく思える。いろいろな表現の仕方があると思うが、人間は勝手なものであり、同じ自分自身でも、ある時は意気消沈し、ある時は質実剛健になる。実のところ、ここ2週間くらいは仕事があまり乗らないことが多かったのだが、本日、「自然の立派さ」に元気をもらったのである。自然は偉大である。また、都心にいても自然を感じることはできる。
 「すべては自分次第である。」ということを、ここ2週間くらい、忘れていました。

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両親の健在に感謝

 私自身がもう35歳。両親は60歳代となった。60歳というと「老」という文字がちらつかないわけにはいかないが、たしかに、「老」なのである。ある本によると、親と同居していない場合に親と共にすることが時間は、相当限られてくるとのこと。確かに、こちらはこちらで日々の生活が流れていくため、「親に会う」ことを意識しないと、親と会う機会はめっきり少ない。
 「親孝行」らしいことはまったくできていないが、最近は、「親に会う」ことを意識している。やはり何といっても、自分の一番の理解者は親だ。母は常々言う。「子供はいつまでたっても子供だよ。」と。嬉しい限りだ。心強くもある。しかし同時に、一抹の不安が頭をよぎる。というのも、親はいつか死ぬ。親に甘えているつもりはないが、心のどこかで甘えていることは否定できない。こんなことでいいのだろうか、早く確固たる「軸」を確立しなければ、自分は親が子供にしてきたように出来るのだろうか、などと、「焦り」のようなものが出てくる。一方で、ある女優は、「親が生きている間はとことん甘えてよい。」と言う。その意味(特に親の立場から)もわかる。
 いずれにせよ、いま両親が健在なことは何よりの幸せである。6月21日は父親の63歳の誕生日だ。感謝しなければならない。

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Nguuさん

 ベトナム・ホーチミンの事務所で秘書的なことをやってくれていたNguu(グー)さんが、7月から日本に留学するとのことである。大学で日本語学を専攻し、結構日本語を操れるのだが、本人としては、現在の自分のレベルに納得がいかないのだそうだ。私としては、ベトナムで日本語に触れた仕事をやりながらブラッシュアップする方法も勧めてみたが、本人の決意は固かった。彼女にはベトナムでお世話になったことだし、今後も何らかの形で関係を維持できればと考えている。

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Fairlady その1

 本ブログのプロフィールにも記載しているが、私の趣味の1つは「古い車」である。理由を言葉で説明することは困難である。ただ、小さい頃、トンネル内で車のテールランプを見ただけで車名を言い当てられたし、数え切れないほどのミニカーを所有していたし、とにかく、古い車を見ただけでワクワクするのだから、よっぽど好きなのであろう。とにかく、音・見た目・匂いなどがたまらなくいいのである。

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公認会計士が構成する組織について

 2010年6月16日付けで、それぞれ独立した4人の公認会計士が、各自の独立を維持しつつも、1つの屋号を共有することにした。
 以前から議論していたことではあるが、複数の独立公認会計士が集まって仕事をする場合、その組織の在り方が問題となる。この点、BIG4などの大組織で公認会計士が働く場合、そもそも上下関係があり、指揮命令系統も明確なため、一般事業会社の組織と同様である。一方、複数の独立公認会計士が集まって仕事をする場合、その組織をどう考えればよいのかというと、結論としては以下のようになった。
「各会計士がピンであることが大前提である。ただし、プロジェクト・ベースでは、エンゲージメントを維持するインチャージ会計士の業務負担を考慮し、報酬で明確に報いることを徹底する。その意味では一時的な上下関係を作る。」
 組織を長く維持していきたいのであれば、結局のところ、「役割」と「報酬」を明確にするしかない。これは自分自身も身をもって経験したことだ。家族や無二の親友ではない以上、「気持ち」で何でも解決するということはありえない。
 昨晩はこんなことを皆で議論していたわけであるが、今となっては率直にモノを言い合える仲になっており、いい話し合いができた。

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「カントの人間学 」(講談社現代新書)を読んで

 ハーバード大学におけるカント哲学に関する講義のテレビ番組をたまたま観たことがきっかけで、カント哲学に興味を持った。どのような点に興味を持ったかというと、「道徳」に関する考察だ。例えば簡単に言うと、「修道院で修業し、禁欲的な生活をしていることは道徳的ではない。」という。つまり、「修道院の人たちはあらゆる俗世の誘惑を物理的に遮断し、その遮断されたところに身を置いているからこそ誘惑に乗らないだけであって、それは、俗世に実際に身を置いて、何らかの「義務」に基づき、誘惑に乗らないことを選択・実行しているのとは訳が違う。」というのである。換言すれば、その時々の感情に左右されず、何らかの「義務」に基づいて行動することこそ「道徳的」だというのである。「こいつは凄い。」と思った。
 早速、カント哲学に関する本を読んでみようと思い、Amazonで調べてみたところ、「純粋理性批判」、「実践理性批判」、「判断力批判」などの著書が登場した。ところが、カスタマーレヴューをいくつか読んでみたところ、面白い記事があった。その記事は、カントの著書を読むとしても、カントがどのような人物かを知った上で読んだ方がよく、それにはまず、「カントの人間学 」(講談社現代新書)を読むのがよい、ということであった。
 本日読み終えた。電車の中だけで読んでいたので数日かかったが、面白い内容であった。まだカントの著書自体を読んでいないためあまり偉そうなことは言えないが、「人間は皆同じだ。」という気付きがあった。たしかに、カントの「道徳」に関する洞察は凄い。観念的で薄っぺらい精神論とは違って、行動が伴うことが要求される厳しさがあり、現実的であり、とにかく、洞察が鋭い。しかしながら一方で、カントは、「自分の世界」が最も大事であって、友人や女性を必要としなかったが、赤ちゃんの時と死ぬ時は、女性の愛情に包まれていたという。赤ちゃんの時に彼を包んでいたのは母親、死ぬ時に彼を包んでいたのは妹とのことであるが、それらの時、カントはとても幸せなひと時を過ごしていたという。
 さて、「人間は皆同じだ。」という気付きとは、つまり、どんな哲学者だろうが、どんな芸術家だろうが、どんな偉い経営者だろうが、「人」だということである。対外的には仮面をかぶる必要があり、また、その仮面はその人の重要な側面ではあるが、忘れてはならないのは、「人」だということである。つまり、喜怒哀楽があり、プライドがあり、お腹もすくし、時には「ほっ」としたくなる。幼少期・青年期の経験や家庭環境などが複雑だったりすると人格に少なからぬ負の影響を及ぼす代わりに、素晴らしい芸術作品や本を世に残したりする。どれも、「人」のなす技なのである。
 生きていると、大変なことだらけだ。例えば、常々「A」という「許せない」ことがあり、思い出せば悶々とする状況なのに、それにさらに追い打ちをかけるように「B」という痛い状況が起きたとする。その時は「やってられない。」と絶望するだろう。しかし、その後、「B」だけが気になることとして残り、「A」はどうでもよくなったりする。よく鍼の先生が言っていた。「いっぺんに体の複数の箇所が痛くならないんだよ。」と。
 「人」は皆同じだと思うことにするのがよいと思う。芸術家が芸術家たる理由が必ずある。平凡過ぎてつまらないと思う人がいれば、それはそれで良しとしよう。平凡だということは、とりたてて痛い出来事も起こっていないということだ。結局、「リスク(振れ幅)」の問題である。ある一つの問題に拘泥するのはよくない。「そんなことを言ったって、お前に私の気持ちがわかるか。」と言いたくなる気持ちも分かる。しかし、問題が生じた時、人は、深く悩むこともできるし、初めだけちょっと悩んでその後は悩まないこともできる。すべて自分の気持ち次第である。
 先ほど観たテレビ番組で、秋元康さんが言っていた。「両親とたくさん話をしなさい、たくさん過ごしなさい。両親が最大のアドバイザーだ。」と。それを受けて、このBLOGとつなげると、「両親こそ、自分にとっての最大の哲学者かもしれない。」ということだ。もちろん、今後とも、カントの著書等、本は読んでたくさん勉強していこうと思うが、勉強する目的は人生を豊かにするためだ。そして、人生とは、現実社会を生きることに他ならない。決して、前世・来世のために生きているのではない。世の中がどんなに荒んでいようが、今現在の自分の状況がどんなにつらかろうが、今ここにある「現実」を生きるしかない。つらい出来事が起こった時、それを世の中のせいにしたり、自分を顧みず他人のせいにしたり、さらにはスピリチュアルな世界に逃げる人がいるが、本末転倒である。事の発端は「人」、他ならぬ「自分」だと思った方がよい。そして、いつまでもくよくよせず、次に活かして前に進むのがよい。
 長くなったが、このように、本、テレビ番組、インターネット等々どれをとっても、勉強になることばかりだ。人生は面白い。人生は捨てたものではない。

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キャッシュ・フロー計算書

 キャッシュ・フロー計算書を作成する上でまず明らかにしなければならないのは、「資金の範囲」である。
 作成中

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割引手形

 通常、割引人は金融機関(銀行)で、割引依頼人はその取引銀行と銀行取引約定書を締結している者(融資取引のある者)である。金融機関は、割引された手形代金を割引依頼人の当座預金/普通預金へと入金する。当然、満期日まで待って手形の振出人に支払いを請求する場合に比べて受け取る金額は少なくなるが、即時に現金化したい場合によく用いられる。単に割引と略称されることがある。
 なお、銀行は手形を割引く際に使用する銀行取引約款書の第6条に買戻し特約を設けている(以前は、どの銀行も全国銀行協会が制定した約款書のひながたを使用していたが、現在は各銀行で独自の約款書を用いているため、条項が異なる場合はあるが、内容に差異はないと思われる)。通常、満期に支払を拒絶されたり手形振出人の信用状態が極度に悪化したため支払が不確実になった場合でなければ手形所持人が裏書人に対して代わりに支払をなすよう請求すること(遡求という)はできない。しかしこの約款書の規定により、割引依頼人(銀行に手形を裏書譲渡した裏書人)の信用状態が悪化した場合には、たとえ満期日前であったり手形の支払が不確実になったといえなかったりしても、割引依頼人は割引手形を買い戻す義務が生じる。多くの場合、銀行はこれによって生じた債権と割引依頼人が有する預金債権を相殺することで債権を回収する。
 手形割引を実行した場合の貸借対照表上の処理は2通りである。
 割り引いた手形金額を受取手形の残高から減額し、欄外に注記として「受取手形割引高」を付記する(本則)。現行の金融商品に係る会計基準により、手形割引または裏書譲渡を実行した時点で手形の消滅を認識すると規定されているためである。
 割り引いた手形金額を受取手形の残高から減額せず、流動負債に勘定科目「割引手形」を計上する。割引した手形の期日が1年以上先であっても、流動負債とすることが多い。但し、現行会計基準により割引または裏書譲渡を実行した時点で手形の消滅を認識し負債とは扱わないため、受取手形残高を減額せず負債として「割引手形」を計上する処理は現在はあまり一般的ではなくなっている。
銀行などで手形割引を実行した場合の費用は手形割引料と言い、経理上「手形売却損」として損金処理する。
 平成13年3月期から、「金融商品に係る会計基準」により「受取手形はその割引又は裏書譲渡時に消滅を認識する」と改正され、手形の割引又は裏書譲渡は実質的に手形の売却であると規定された。  手形割引料は、改定以前には実質的に手形を担保とした借入れの利息に当たるとみなされており「支払利息割引料」という勘定科目が使われていたが、改正により勘定科目も「手形売却損」へ改められた。改正以前には「支払利息割引料」は利息と同様に、割引いた手形の満期日までの日数によって日割り計算して期間配分し、満期日が当期の決算日以後の場合には翌期の分は利息の前払いとして計上しなければならなかったが、改正後は、手形を割引いた日付で「手形売却損」を一時の損失として全額計上する処理に改められ、手形割引料を利息として扱うことや期間配分する処理は認められなくなっている(金融商品会計に関する実務指針34)。

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源泉徴収義務者

 [平成21年4月1日現在法令等]
  会社や個人が、人を雇って給与を支払ったり、税理士などに報酬を支払ったりする場合には、その支払の都度支払金額に応じた所得税を差し引くことになっています。
  そして、差し引いた所得税は、原則として、給与などを実際に支払った月の翌月の10日までに国に納めなければなりません。
  この所得税を差し引いて、国に納める義務のある者を源泉徴収義務者といいます。
  源泉徴収義務者になる者は、会社や個人だけではありません。
  給与などの支払をする学校や官公庁なども源泉徴収義務者になります。
  しかし、個人のうち次の二つのいずれかに当てはまる人は、源泉徴収をする必要はありません。
(1) 常時二人以下のお手伝いさんなどのような家事使用人だけに給与や退職金を支払っている人
(2) 弁護士報酬などの報酬・料金だけを支払っている人(例えば、サラリーマンが確定申告などをするために税理士に報酬を支払っても、源泉徴収をする必要はありません。)
 なお、会社や個人が、新たに給与の支払いを始めて、源泉徴収義務者になる場合には、「給与支払事務所等の開設届出書」を給与支払事務所等を開設してから1か月以内に提出することになっています。
  この届出書の提出先は、給与を支払う事務所などの所在地を所轄する税務署長です。
  ただし、個人が新たに事業を始めたり、事業を行うために事務所を設けたりした場合には、「個人事業の開業等届出書」を提出することになっていますので「給与支払事務所等の開設届出書」を提出する必要はありません。
(所法6、183、184、200、204、229、230)
ちなみに、
第四章 報酬、料金等に係る源泉徴収
第一節 報酬、料金、契約金又は賞金に係る源泉徴収
(源泉徴収義務)
第二百四条  居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
一  原稿、さし絵、作曲、レコード吹込み又はデザインの報酬、放送謝金、著作権(著作隣接権を含む。)又は工業所有権の使用料及び講演料並びにこれらに類するもので政令で定める報酬又は料金
二  弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、司法書士、土地家屋調査士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士、測量士、建築士、不動産鑑定士、技術士その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金
三  社会保険診療報酬支払基金法 (昭和二十三年法律第百二十九号)の規定により支払われる診療報酬
四  職業野球の選手、職業拳闘家、競馬の騎手、モデル、外交員、集金人、電力量計の検針人その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金
五  映画、演劇その他政令で定める芸能又はラジオ放送若しくはテレビジョン放送に係る出演若しくは演出(指揮、監督その他政令で定めるものを含む。)又は企画の報酬又は料金その他政令で定める芸能人の役務の提供を内容とする事業に係る当該役務の提供に関する報酬又は料金(これらのうち不特定多数の者から受けるものを除く。)
六  キャバレー、ナイトクラブ、バーその他これらに類する施設でフロアにおいて客にダンスをさせ又は客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者(以下この条において「ホステス等」という。)のその業務に関する報酬又は料金
七  役務の提供を約することにより一時に取得する契約金で政令で定めるもの
八  広告宣伝のための賞金又は馬主が受ける競馬の賞金で政令で定めるもの
2  前項の規定は、次に掲げるものについては、適用しない。
一  前項に規定する報酬若しくは料金、契約金又は賞金のうち、第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(次号において「給与等」という。)又は第三十条第一項(退職所得)に規定する退職手当等に該当するもの
二  前項第一号から第五号まで並びに第七号及び第八号に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金のうち、第百八十三条第一項(給与所得に係る源泉徴収義務)の規定により給与等につき所得税を徴収して納付すべき個人以外の個人から支払われるもの
三  前項第六号に掲げる報酬又は料金のうち、同号に規定する施設の経営者(以下この条において「バー等の経営者」という。)以外の者から支払われるもの(バー等の経営者を通じて支払われるものを除く。)
3  第一項第六号に掲げる報酬又は料金のうちに、客からバー等の経営者を通じてホステス等に支払われるものがある場合には、当該報酬又は料金については、当該バー等の経営者を当該報酬又は料金に係る同項に規定する支払をする者とみなし、当該報酬又は料金をホステス等に交付した時にその支払があつたものとみなして、同項の規定を適用する。
(源泉徴収義務)
第183条 居住者に対し国内において第28条第1項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない。
2 法人の法人税法第2条第15号(定義)に規定する役員に対する賞与については、支払の確定した日から1年を経過した日までにその支払がされない場合には、その1年を経過した日においてその支払があつたものとみなして、前項の規定を適用する。【令】第307条
《改正》平18法010
(源泉徴収を要しない給与等の支払者)
第184条 常時2人以下の家事使用人のみに対し給与等の支払をする者は、前条の規定にかかわらず、その給与等について所得税を徴収して納付することを要しない。

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仙台の友人U

 仙台にUという友人がいる。Uは東京でのOL生活を謳歌していたが、旦那さんの仕事の都合により、現在は仙台に住んでいるそうだ。私はそもそも夜遊びをそんなにしないので、ベトナムに来ると、様々な情報をインターネットで入手するのが習慣となっている。そういうわけで、特にベトナムでは、主な知り合いのBLOGには目を通している。UのBLOGも例外ではない。
 Uは同郷M市の友人である。いい奴だ。その経緯は憶えていないが、私が公認会計士第二次試験に合格した際、真っ先にその旨を連絡した友人がUであった。合格発表当日だったか、Uは、同郷M市の友人達に連絡を取り、急なタイミングにも関わらず、多数の友人を集めて一席設けてくれた。渋谷の「いろはにほへと」だったか、それはそれは大人数で、殊のほか楽しいひと時を過ごさせて頂いた。私の大学の恩師が常々言っていた。「人生で心の底から喜べることの数は、5本の指に入る程度である。(何らかの試験の)合格、(一概には言えないが)結婚等々である。」と。「5本の指に入る喜びは、心の底から喜ぶべきだ。」と。
 喜怒哀楽を共有してくれる友人がいるということは、素晴らしいことである。同郷M市の友人達は高校時代の友人であり、大学・会社がそれぞれ異なる環境であるゆえ、疎遠になる人、話が合わなくなる人等々、温度差はあるものの、ある一時点で一堂に会し、楽しい時間を共有したのは事実である。私は、彼らの恩を忘れていない。いつか彼らの役に立てれば幸いである。

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幸福論②

 「幸福論①」に続き、今回も「幸福」について考えてみた。現時点で思うことは、ごちゃごちゃ言う前に、やはり、「『幸福』とは、現時点の自分を振り返り、自分で見つけるものだ。」ということだ。
 現時点の自分の「幸福」を例示列挙してみよう。あくまで例示列挙なので、「以下に記載していないことについては幸福を感じていない。」ということではない。ブレインストーミング的に湧き出てきた事項を記載したのみである。
 
 ①両親が健在で、最近は、密で深度あるコミュニケーションがとれていること。
 ②(いろいろ苦労もあるが)仕事があり、東京で暮らしていること。
 ③将来の仕事の展開に希望が持てること(=前向きでいられること)。
 ④知り合いの知り合いなどから思いがけない仕事の問い合わせがあること。
 ⑤出身国・老若男女問わず、訪れる各国で、素晴らしい出会いがあること。
 ⑥N氏・I氏と出会い、事務所をシェアさせて頂き、仕事上も励みになること。
 ⑦自分を気にかけてくれる先輩・友人がいて、時々メールをくれること。
 ⑧「人間力」に関する様々なアドバイスを根気強く教えてくれるO氏と出会ったこと。
 ⑨車の師匠であり、お客様でもある、S氏と今でも繋がっていること。
 ⑩中学・高校・大学と、個性的で忘れられない恩師に恵まれてきたこと。
 ⑪K氏との再会により、海外での仕事を経験できたこと。
 ⑫ベトナムのA社の社長が、自分を気遣い、自宅に招いてくれたこと(「菊水」を鱈腹飲んだ)。
 他にもたくさんあるが、とりあえずこの辺に留めておこう。このように、自分を振り返ると、1つ1つの出来事がありがたく思える。自分のことばかり考えていないで、意識を他者に向けると、「人」が愛おしく思える。これは不思議なことだが、自分の心次第で、「世の中のすべてが敵に見える」こともあるし、「世界中のすべてが自分の味方に思える」こともある(村上龍が同じことを言っていたかな)。すべては「自分の心」次第。現存しない飽くなき幸福を求めるのではなく、折を見て、今ある幸福を噛みしめたいものだ。

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ベトナムの監査法人

 日系企業がベトナムに進出する場合、必ず監査法人と契約を締結することになる。なぜなら、「DECREE No. 105/2004/ND-CP OF MARCH 30, 2004 ON INDEPENDENT AUDIT」の以下の規定の通り、外資企業は会計監査が義務付けられているからである。
Article 10.- Compulsory audit
1. Annual financial statements of the following enterprises and organizations must be audited by auditing enterprises:
a/ Foreign-invested enterprises;
b/ Organizations engaged in credit and/or banking activities and the Development Assistance Fund;
c/ Financial institutions and insurance business enterprises;
d/ Particularly for joint-stock companies and limited liability companies which participate in listing and trading on the securities market, the audit shall be conducted according to the law provisions on securities trading; if they borrow capital from banks, the audit shall be conducted according to the law provisions on credit.
 それでは、ベトナムにはどのような監査法人があるのか。大きくは以下の3つに分類できる。
 ①BIG4(Deloitte、KPMG、EY、PwC)
 ②ベトナム現地の中小監査法人(日本人会計士の関与あり)
 ③ベトナム現地の中小監査法人(日本人会計士の関与なし)
 日系企業に対するサービスを前提とする場合、我々専門家においては、まず、品質面については、「③<②≦①」と考えられている。①と②の比較が問題となるが、一概には言えない。なぜなら、ベトナムのBIG4の経営戦略において、日系企業自体、または、個々の日系企業クライアントの位置付けにより、投入する経営資源が決まってくるからである。②の方が、小回りが利き、きめ細やかなサービスが受けられる可能性が高い。③については、未知数(やってみないとわからない)である。
 次に、コスト面では、間違いなく「③<②<①」である。BIG4にはブランドがあり、多額の間接費が発生しているので、当然の結果である。③については、そもそもの物価水準と品質が反映されていると言えよう。②については、日本人が日系企業クライアントとベトナムローカル監査法人との間に入り、コーディネーターの機能を発揮する分、コストが上昇する。
 結局のところ、日本親会社が上場企業等であり、経営者の受託責任が大きく、それなりに監査コストをかけられる・かけなければならない企業は①、監査コストをかけられないが、ベトナム語・英語ができるなら③でもやっていけるかもしれない。②は①と③の間に位置する。②の特徴は、日本の公認会計士が日本語で対応する点である。日本の公認会計士ゆえ、日本本国の会計・監査事情を踏まえて対応する。しかしながら、ベトナムにおいて、質実ともに②の監査法人がいかほどあるのか、私が知っている限りでは、あの1社のみのような気がする。
 いずれにせよ、①・②・③のどれを選ぶかは、あくまで、経営判断である。

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UTM

 「UTM」とは「Under Table Money 」の略である。昨年10月、シンガポール公認会計士協会の方とベトナムに関する話をしている際に、彼が教えてくれた言葉である。「ATM」(=Automated Teller Machine)をベースに、その状況を揶揄した言葉であろう。ちなみに、シンガポールでは「UTMは一切ない」とのことである。
 私は国全体がそうではないと信じたいし、そうあっては将来の成長が望めないと真剣に考えているが、ベトナムでは、UTMが散見される。UTMがいけない事は皆承知していると思うが、UTMがあるのが現実なので、ベトナムでビジネスをやっていく上で避けて通れない問題でもある。無論、UTMをどうするかというのは経営判断であり、目に余るUTMを要求された場合等には、当局と闘うという経営判断もあると思う。
 それでは、UTMの会計処理・税務処理はどうあるべきであろうか。ビジネスの現実、UTMの管理、適正な期間損益計算、公平な課税の観点から問題となる。この点、UTMを支払うことを前提とするならば、以下の順序(あるべき順)で考えるべきであろう。
 
①会計上は、「その他経費」等の勘定科目で、「警察署に対する支払い」「税務署に対する支払い」等の事実を示す内容を明記して費用処理する。税務上は否認する。「正直」な処理である。
②会計上は、現地法人日本人マネジメントの給料に含め、当該日本人マネジメントに対する給料として処理する。税務リスクはあるものの、税務上も同様の処理をする。ただし、UTMが当該日本人マネジメントの課税所得となるので、個人所得税がその分増えることになる。
③会計上は、実際は現地法人日本人マネジメントが私的に支出した飲食代等について、公式インボイスを当該会社名で取得し、UTMを交際費としてカモフラージュして費用計上する。税務リスクはあるものの、税務上も同様の処理をする。この場合、会計上・税務上ともに交際費が実態を示さない金額となり、適正な期間損益計算・公平な課税の観点から問題がある。また、管理上、会計帳簿から離れた別管理が必要となる。
④何らかの方法で裏金をプールし、当該プールした金で処理する。会計上も税務上もオフ・バランス処理となるので、非常に好ましくない。また、管理上、会計帳簿から離れた別管理が必要となる。
 私は、公認会計士として、①をお勧めする。それか、せいぜい②か。いずれにせよ、UTMの取扱い・会計処理・税務処理は経営判断であるので、経営者の誠実性が問われることになる。

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消費税等と源泉所得税

 [平成21年4月1日現在法令等]
 弁護士や税理士などに報酬を支払った場合には、所得税を源泉徴収することになっています。
 この場合、源泉徴収の対象となる金額は、原則として、報酬・料金として支払った金額の全部、すなわち、消費税及び地方消費税(以下「消費税等」といいます。)込みの金額が対象となります。
 ただし、弁護士や税理士などからの請求書等に報酬・料金等の金額と消費税等の額とが明確に区分されている場合には、消費税等の額を除いた報酬・料金等の金額のみを源泉徴収の対象としても差し支えありません。
 例えば、税理士からの請求書に、税理士報酬105,000円とだけ記載されていた場合には、源泉徴収税額は105,000円の10%相当額である10,500円となります。
 これに対して、税理士からの請求書に、税理士報酬100,000円、消費税等5,000円と記載されており、報酬金額と消費税等の額とが区分されている場合には、源泉徴収税額は税理士報酬100,000円の10%相当額である10,000円となります。
(所法204、205、平元.1直法6-1)

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外貨建取引の換算

 第4款の2 外貨建取引の換算(左写真は「東インド会社」)
法第57条の3《外貨建取引の換算》関係
(いわゆる外貨建て円払いの取引)
57の3―1 法第57条の3第1項((外貨建取引の換算))に規定する外貨建取引(以下57の3-4までにおいて「外貨建取引」という。)は、その取引に係る支払が外国通貨で行われるべきこととされている取引をいうのであるから、例えば、債権債務の金額が外国通貨で表示されている場合であっても、その支払が本邦通貨により行われることとされているものは、ここでいう外貨建取引には該当しないことに留意する。(平18課個2-7、課資3-2、課審4-89追加)
(外貨建取引の円換算)
57の3―2 法第57条の3第1項((外貨建取引の換算))の規定に基づく円換算(同条第2項の規定の適用を受ける場合の円換算を除く。)は、その取引を計上すべき日(以下この項において「取引日」という。)における対顧客直物電信売相場(以下57の3-7までにおいて「電信売相場」という。)と対顧客直物電信買相場(以下57の3-7までにおいて「電信買相場」という。)の仲値(以下57の3-7までにおいて「電信売買相場の仲値」という。)による。
 ただし、不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に係るこれらの所得の金額(以下57の3-3までにおいて「不動産所得等の金額」という。)の計算においては、継続適用を条件として、売上その他の収入又は資産については取引日の電信買相場、仕入その他の経費(原価及び損失を含む。以下57の3-4までにおいて同じ。)又は負債については取引日の電信売相場によることができるものとする。(平18課個2-7、課資3-2、課審4-89追加)
(注)
1 電信売相場、電信買相場及び電信売買相場の仲値については、原則として、その者の主たる取引金融機関のものによることとするが、合理的なものを継続して使用している場合には、これを認める。
2 不動産所得等の金額の計算においては、継続適用を条件として、当該外貨建取引の内容に応じてそれぞれ合理的と認められる次のような外国為替の売買相場(以下57の3-7までにおいて「為替相場」という。)も使用することができる。
(1) 取引日の属する月若しくは週の前月若しくは前週の末日又は当月若しくは当週の初日の電信買相場若しくは電信売相場又はこれらの日における電信売買相場の仲値
(2) 取引日の属する月の前月又は前週の平均相場のように1月以内の一定の期間における電信売買相場の仲値、電信買相場又は電信売相場の平均値
3 円換算に係る当該日(為替相場の算出の基礎とする日をいう。以下この(注)3において同じ。)の為替相場については、次に掲げる場合には、それぞれ次によるものとする。以下57の3-7までにおいて同じ。
(1) 当該日に為替相場がない場合には、同日前の最も近い日の為替相場による。
(2) 当該日に為替相場が2以上ある場合には、その当該日の最終の相場(当該日が取引日である場合には、取引発生時の相場)による。ただし、取引日の相場については、取引日の最終の相場によっているときもこれを認める。
4 本邦通貨により外国通貨を購入し直ちに資産を取得し若しくは発生させる場合の当該資産、又は外国通貨による借入金に係る当該外国通貨を直ちに売却して本邦通貨を受け入れる場合の当該借入金については、現にその支出し、又は受け入れた本邦通貨の額をその円換算額とすることができる。
5 いわゆる外貨建て円払いの取引は、当該取引の円換算額を外貨建取引の円換算の例に準じて見積もるものとする。この場合、その見積額と当該取引に係る債権債務の実際の決済額との間に差額が生じたときは、その差額は当該債権債務の決済をした日の属する年分の各種所得の金額の計算上総収入金額又は必要経費に算入する。

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交際費等の範囲と定額控除限度額

 [平成21年6月26日現在法令等]
  交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為(以下「接待等」といいます。)のために支出する費用をいいます。
  ただし、次に掲げる費用は交際費等から除かれます。
1   専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用
2   飲食その他これに類する行為(以下「飲食等」といいます。)のために要する費用(専らその法人の役員若しくは従業員又はこれらの親族に対する接待等のために支出するものを除きます。)であって、その支出する金額を飲食等に参加した者の数で割って計算した金額が5,000円以下である費用
  なお、この規定は次の事項を記載した書類を保存している場合に限り適用されます。
(1)  飲食等の年月日
(2)  飲食等に参加した得意先、仕入先その他事業に関係のある者等の氏名又は名称及びその関係
(3)  飲食等に参加した者の数
(4)  その費用の金額並びに飲食店等の名称及び所在地(店舗がない等の理由で名称又は所在地が明らかでないときは、領収書等に記載された支払先の名称、住所等)
(5)  その他参考となるべき事項
3   その他の費用
(1)  カレンダー、手帳、扇子、うちわ、手ぬぐいその他のこれらに類する物品を贈与するために通常要する費用
(2)  会議に関連して、茶菓、弁当その他これらに類する飲食物を供与するために通常要する費用
(3)  新聞、雑誌等の出版物又は放送番組を編集するために行われる座談会その他記事の収集のために、又は放送のための取材に通常要する費用
(注1) 上記2の費用を交際費等の範囲から除く規定は、平成18年4月1日以後に開始する事業年度における飲食等のために要する費用が対象となります。
(注2) 上記2の費用の金額基準である5,000円の判定は、法人の適用している税抜経理方式又は税込経理方式により算定した価額により行います。
 なお、資本金の額又は出資金の額が1億円以下の法人に係る交際費課税について、平成21年4月1日以後に終了する事業年度から、定額控除限度額(注3)を年400万円から年600万円に引き上げることとされました。
(注3) 定額控除限度額に達するまでの交際費等の額の90%を損金算入することができます。
(措法61の4、平元.3直法2-1、措令37の5、措規21の18の4、平18改正措法附則102)

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青色申告特別控除

 No.2072 青色申告特別控除
[平成21年4月1日現在法令等]
 青色申告者に対しては種々の特典がありますが、その一つに所得金額から最高65万円又は10万円を控除するという青色申告特別控除があります。
1 65万円の青色申告特別控除
 この65万円の控除が受けられるための要件は、次のようになっています。
イ 不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営んでいること。
ロ これらの所得に係る取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)により記帳していること。
ハ ロの記帳に基づいて作成した貸借対照表を損益計算書とともに確定申告書に添付し、その適用を受ける金額を記載して、確定申告期限内に提出すること。
(注)
1 現金主義によることを選択している人は、65万円の青色申告特別控除を受けることはできません。
2 不動産所得の金額又は事業所得の金額の合計額が65万円より少ない場合には、その合計額が限度になります。ただし、この合計額とは損益通算前の黒字の所得金額の合計額をいいますので、いずれかの所得に損失が生じている場合には、その損失をないものとして合計額を計算します。
3 不動産所得の金額、事業所得の金額の順に控除します。
2 10万円の青色申告特別控除
 この控除は、1の要件に該当しない青色申告者が受けられます。
(注)
1 不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の合計額が10万円より少ない場合には、その金額が限度になります。ただし、この合計額とは損益通算前の黒字の所得金額の合計額をいいますので、いずれかの所得に損失が生じている場合には、その損失をないものとして合計額を計算します。
2 不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額の順に控除します。
(措法25の2、措通25の2-1)

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4

 本日は平成22年4月4日。2の倍数だらけだが、私は「4」に着目したい。
 日本では、一般的には、「4」という数字は「シ(死)」とも読むので、縁起が悪いとされている。しかし、私にとって「4」とは、縁起の良い数字なのである。例えば、公認会計士試験を4回目でパスした。大手監査法人では、監査業務を4年、FAS業務を4年、と、4年で変化が訪れている。プライベートでも、4年で変化することが多い。「石の上にも3年」と言うが、私の場合は「4年」である。人よりも物事の習得期間が1年遅いのかもしれない。
 成長曲線というものがある。X軸を時間の経過、Y軸を成長度合いとすると、しばらくの間は、時間の経過にかかわらず、成長度合いは横ばいで推移する。しかし、成長度合いが乗数的に、飛躍的に伸びる「その時」が来るものだ。継続していることが前提だが。
 良い意味でも悪い意味でも「あきらめ」が悪い私は、時には「さっさとあきらめて、ばっさり切り捨てる」こともあるが、基本的にはあきらめない。そういうわけで、ある人は3回または3年で結果を出すかあきらめるところ、私の場合は4回または4年まで引っ張るのだろう。

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父親

 ここ2年くらいは、両親と話をする機会がめっぽう多くなった。それまでは、両親と話をすると言ったら、たまに実家に帰省した時くらいであり、特に話をする必要性を感じていなかったというのが正直なところである。特に、父親と対面して、サシで話をすることなど、これまでに何回あったことだろうか。おそらく5本の指に入るくらいだろう。
 そのような状況だったものの、最近は、父親が仕事で度々上京するものだから、父親と対面して話をする機会が多くなった。本日は、大塚の「こなから」という店で、酒を飲みながら話をしていた。日本酒の2杯目からだろうか、父親も気分が良くなってきたのであろう、饒舌になってきた。ところが、父親の話は、単なる昔話ではなく、幼い頃の心情の吐露であった。自分のことに関しては寡黙であった父親が、これまでに自分自身のことを、聞いてもいないのに話をすることはまずなかった。いや、こちらから聞いたとしても話すことはなかった。その父親が、自分の心の内を話し始めたのである。どのような幼少期を送ったか、どのような経緯で母親と結婚をしたか、どのようなつもりで仕事をしてきたのか。 私は、父親が生きているうちに話を聞けて、嬉しく思っている。
 やはり、人間は、「プラス+マイナス=ゼロ(ちょっとのプラス?)」と相場が決まっている。世の中には、程度の差こそあれ、また、意識的にも無意識的にも、親との間にわだかまりがあることが多いかもしれない。それは親に対する「思い込み」であったり「コンプレックス」であったり「蔑み」であったり。しかし、親は馬鹿ではない。だてに数十年を生きてきていない(中には何十年たっても「学び」のない方もいるが)。このブログを読んでいる方の中には、親に対して何らかのわだかまりがあり、親を遠ざけている方がいるかもしれない。しかし、その「親を遠ざける」ことによって得られる(一見して)「平穏」という「プラス」には、例えば、親が亡くなり「親と分かりあうことをしなかったことの後悔」という「マイナス」が伴うかもしれない。一方、勇気をもって「親と分かりあう努力をした」という(束の間の)「マイナス」には、その後の親との関係が良好になるという(持続的な)「プラス」が待っているかもしれない。いずれにせよ、人間の人生は「フェア」にできていると思う。

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癒し

 「癒し」というと、商業的意図も絡んで、温泉、エステ、アロマ、懐石料理等々、何か特別な手段によるところが世の中には散見されるが、果たしてどうだろうか。「癒し」とはそのような何か特別な手段を借りないと得られないものなのだろうか。観点を変えると、日常生活の中で得られる「癒し」とはどういうものなのだろうか。
 私にとっての「癒し」の一つは、実は、「温泉」である。ただ、温泉に求める物は、主に身体的癒しであり、また、温泉は遠隔地にあるゆえ、日常生活の中で得られるものではない。私にとっての「癒し」は、「某ガレージ(左写真)」である。
 私は幼いころから自動車が大好きであった。父親が若い頃、2輪・4輪のアマチュア・レーサーであり、また、常に自動車に触れる仕事をしていたことの影響を受け、物心ついた時から自動車が大好きであった。幼稚園児の頃、トンネル内で自動車のバックライトを見ただけで車名を言い当てたくらい、そのくらい好きだった。理由は分からない。ただ、音・デザイン・におい・自動車を扱う場所の雰囲気すべてが、私にとっては心地よいのである。
 したがって、「某ガレージ」に行くと、心が癒される。そこには、常にお客さんが戯れ、自動車談義、人生談義に花が咲く。時には人生相談にも乗ってくれる。(愛情を込めて)不良のおじさん達がメインであり、私などまだまだ若造で、いじられまくりだが、それも心地よい。某ガレージ代表のS氏(写真右)は、私のクライアントでもあるのだが、「Z」が付く前のフェアレディのスペシャリストである。S氏には、フェアレディでも人生でもお世話になっている。仕事を通じて毎日を立派に生きているS氏には、いつも勉強させてもらっている。
 結局のところ、真の「癒し」とは、自分の心の持ちようであると思う。何でもいいから、自分の心が和むような事・場所を見つけられれば良いのだと思う。

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指摘

 言葉で表現することは、時として非常に難しいことであるが、今回は、「指摘」という言葉で表現したい。「指摘」とは、「大切な点や注意すべきこと、欠点や過失などを具体的に取り上げて指し示すこと。」とする辞書がある。「叱責」という言葉もあり、「叱責」とは「失策や怠慢などを叱りとがめること。」とする辞書があるが、個人的には、「叱責」はネガティブなイメージがあり、好きではない。
 今週は、他にも仕事が山積している中で、納期までの時間が短く、(ある意味)難易度の高い仕事に従事していた。ただ、会計専門家にとっては、普通にやればできる仕事である。私は、第一義的には、ベトナム人のアカウンティング・マネジャーのHさんに任せた。Hさんは、「OK. Only one day.(1日で終わるよ。)」と言う。確かに、Hさんならできるだろう、そう思った。ところが、蓋を開けてみると、どうもおかしい。ボロがボロボロ出てくる。私は本日帰国するのだが、この期に及んでボロが出てきた。Hさんの作業の後に2日間程度で終わると想定していたのだが。さすがに、普段はいい顔をしていた私も、今日はHさんに「指摘」した。「この会社にこの取引がないわけがないでしょう。あなたは何をチェックしてたのか。」と。普段は、いちいち「言い訳」をしてくるHさんも、今日はしおらしくしていたのが印象的だったが、結局のところ、Hさんの実力にしては、仕事の質が低かったのである。
 Hさんは会計歴16年のベテランだ。Hさんなら、もっと質の高い仕事ができたはずだと心底思えたから、今日は「指摘」した。そうしたら、Hさんをいたずらに傷つけることなく、結果としては成果を出せた。時には「指摘」も必要なのだなと、心底思えた。「指摘」は「感情の垂れ流し」ではない。「正論」と「事実」がしっかりと噛み合っている時の「指摘」は非常に有効である、そう思えた。ただ、「正論」が分からない相手には「指摘」は無効かもしれない。そのような相手には、「指摘」ではなく、「(単なる)叱責」と映るかもしれない。
 外国で働くということは、ある意味、「鉄下駄」を履いて仕事をするような感じかもしれない。人間として勉強になることが多い。

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ブランドと実力

 実力があるから売れるのか、売れるから実力があるということなのか。ブランドがあるから売れるのか、ブランドがないと売れないのか。どんな業界・業種であれ、ビジネスをやっていく上で、誰しも悩むことであろう。特に、ビジネスという「商業化」ベースで考えた場合、世の中では、「いかにブランディングし、商業ベースに乗せるかが重要である。」といったことを思わせる事例が散見される。ある意味、その点は重要であり、自分自身も、例えば、野菜を買う場合、日本産を選ぶのが通常である。これもひとえに、日本人の先輩方が築き上げてきたブランドの賜物である。
 さて、身近な話をすると、これも世の中で散見されることだが、「口コミ等により結果として長蛇の行列ができるラーメン屋」と「雑誌等のメディアを利用し集客するラーメン屋」はどうだろうか。私は、「口コミ等により結果として長蛇の行列ができるラーメン屋」が好きだ。しかも、僻地にあればあるほど興味をそそり、うまかった時の感激はひとしおである。一方、「雑誌等のメディアを利用し集客するラーメン屋」の場合、期待はずれだった時のショックは大きい。なぜなら、ラーメンはカロリーが高いため、代謝の落ちてきている私にとっては、いかにうまいラーメンを食べ満足するかが重要だからだ。おそらく、いかにメディアを利用して集客しても、うまくなければいずれビジネスは成り立たなくなるだろう。一方、うまいラーメンを作り続けたからこそ、客が客を呼び、結果として繁盛するのだろう。つまりここで言いたいのは、「実力が結果を生む」ということであり、ビジネスに関して言えば、「真剣に仕事をした結果儲かる」ということである。
 しかしながら、一方で、いくら良いものでも、人々に「認知」されないとどうしようもない。例えば、いかにうまいラーメンを作れるとしても、誰も知らないような僻地にあり、客が全然来ないというのでは、商売が成り立たない。一方、誰も知らないような僻地であっても、例えば、有名人が出店した場合には、うまいかどうかは別にして、客が来るだろう。
 このように、「実力があるから売れるのか、売れるから実力があるということなのか。ブランドがあるから売れるのか、ブランドがないと売れないのか。」ということは、非常に難しい問題である。あまりお化粧しすぎるとそれは粉飾だし、あまりにもみすぼらしいと人の興味をひかない。ただ、やっぱりこういう結論になってしまうのだが、「今ある仕事を、1つ1つ、真剣に、地道にやる。」しかない。それと同時に、「世の中に自分自身を認知して頂く作業」も「ある程度」はする。現時点では、そのように考えて仕事をしている。結果がどう出ているか、どのように結果を出していくか、折を見て振り返ってみることも忘れてはならない。

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フェイ・ダナウェイ

 映画「俺たちに明日はない」で、ボニー・パーカー役のフェイ・ダナウェイは、左写真のように、帽子をかぶっているシーンも素敵だが、私個人的には、ウォーレン・ビーティ演じるクライド・バローと出会った当初のハンバーガーショップでのシーンが印象に残っている。
 フェイ・ダナウェイ演じるボニー・パーカーは美しい金髪でそれだけでも素敵なのだが、クライド・バローと出会った当初は、男性で言えば、「ペタっとした横分け」になっていた。ボニー・パーカーがハンバーガーをかじっている姿をクライド・バローが微笑ましそうに見ていて、ふと、「I don’t like it.」と、髪型を指摘する。それを受けてボニー・パーカーは、手で髪をとかし、よりセクシーな髪型に直したのだった。クライド・バローはご満悦そうであった。
 男性としては、女性が男性の指摘を素直に聞き入れ、男性にとってより魅力的になると、嬉しいものだ。ただし、映画の世界ではなく、日常生活においては、「言い方」に細心の注意を払う必要があり、女性の「面子」を傷つけてはならないことは、言うまでもない。

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口論(ビジネス上)

 前述「市場」で登場したHangさんの名誉のために、彼女の輝かしい一面も書いておこう。彼女は結婚し、二児の母である。毎朝5時に起き、美貌を保つためのウォーキングをしてから、子供のために食事を作り、子供を学校に送り届け、7:30にはオフィスに到着する(始業は8:00)。時には19:00過ぎまで働き、帰宅する。頑張り屋である。クライアントを訪問する前日に、Hangさんに、「明朝は何時にオフィスを出る?」と聞くと、必ず、「It’s up to you. I come to the office untill 7:30 every morning.」という返答が返ってくる。私は、「たしかに。」と答えるほかない。夜遅くまで仕事をした翌日は、私は8:00までに出社しないことがある。ごもっともである。また、彼女は面倒見がよく、Cafe su da(ベトナム風アイスコーヒー)を入れてくれたり、果物をむいてくれたりする、優しい面もある。ただし、彼女に余裕がある時に限る。
 さて、そんな彼女とも、仕事上の付き合いは早いもので1年。英語でコミュニケーションをとるのだが、お互いに英語は母国語でないため、当初は60%くらいしか理解できなかった。彼女は「Tax」のことを「タ」と発音するのだが、当初はそれすら分からなかった。そのような状況であっても、仕事上話をしなければ先に進まないので、なんとか話をしていくうちに、今では、英語で口論(もちろん、ビジネス上の)をするまでになった。現在はベトナムも繁忙期であるため、忙しい。昨日も、あるクライアントの問題をめぐって、二人とも熱くなり、口論をした。彼女は譲らない。私は、仕事を統括する立場上、すべてを容認するわけにはいかない。そんな中で私がふと、「しかしながら、俺たちも口論をするまでになったんだね。お互いに英語も上達したのかな。」と言うと、彼女も、「たしかに。上達したね。」と言って、お互いに笑った。
 海外で働くということには、日本と「同じ面」と「違う面」がある。どちらか一方だけをクローズアップしても先には進まないし深みが出ない。私は、両者をバランスよく認識しているつもりだが、大変なことは多い。しかし、上記のように、口論をしつつも笑える状況は、ある意味、「やりがい」があるということだ。こういうことを日々確認しながら、自分の行き先を、日々「選択」している。

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仲間

 私には、ベトナム人会計士の良き仲間がいる。名前はHaiさん。Haiさんは、年も経験も私より若い。しかし、ビジネスマンとしてしっかりしており、ユーモアがあり、信頼できる奴だ。
 思えば、2009年3月からここベトナムと日本を行き来するようになり、彼にはいつも助けられている。もちろん、仕事での付き合いだが、時には精神的にも助けてくれる。ベトナムに来た当初に「いや~、右も左も分かんないから大変だよ。」と弱音を吐くと、「Mr. EBJ、ステップ・バイ・ステップだ。大丈夫だ。」と言ってくれた。そして今日も、ミーティングが終わった時に、私の状況を察したのか、「Mr. EBJ、初めての仕事は勝手がわからないから、骨が折れるよな。」と言ってくれた。自分も忙しくて大変なはずなのに、いい奴だ。
 そんな彼なので、旧正月前に彼の事務所のパーティーがあった時、私は相当多忙だったが、なんとか挨拶をしたいと思い、急いでワインを買ってパーティーに駆け付けた。この「心の衝動」こそ、人を動かす原動力だ。なんと素晴らしいのだろう。しかも国境を越えてだ。貨幣的価値では測定不能だ。

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市場

 夕方にベトナム人会計士とのミーティングが終わり、その会計士のオフィスを出たところで、同席した私の事務所のベトナム人スタッフHangさん(女性、40歳)が、「(ラップトップの入った)荷物をオフィスに持って行ってくれ。」という。「タクシーで帰るんだから支障はないはずだ。」という。「なぜ?」と理由を聞いたところ、「これから市場に買い物に行くのだが、大事なパソコンの入った荷物を持って市場を歩くの危険だ。ひったくられる可能性がある。」という。「だったら、一旦オフィスに荷物を置いてから市場に行けばいいのではないか?」と言うと、「オフィスに置いてあるバイクで家に直接帰りたいから、とにかく持って行ってくれ。」と言う。本当の理由だ。自分にとって効率のよい行動順序を選んだのだ。「しょうがないな。」と思いつつ、「自分は彼女の上司なんだけどな。。。」と思いつつ、結局持って帰ることにした。ちなみに、私はお腹がすいていたので、オフィスに帰る前に、重い荷物を2つ持ちながら、「Hu Tieu(細い米麺)」屋に行き、食事をしてからオフィスに帰った。
 その後オフィスに帰ったところ、なんと、彼女も別のタクシーでオフィスに到着したところだった。しかも、オフィスの玄関に近い、べス・ポジにタクシーを乗り付けている。彼女と再会した際、ちょっと自分が情けなくなったので、「こういう形で荷物持ちはもうやらないよ。」と言ったら、「市場からのタクシー代は自分で出したんだからね。」と言う。最近、いちいち「かぶせ」てくる。「あたりまえだよ。きみはプライベートで市場に行ったんだからさ。」と言うと、しばらく黙り、一緒にエレベーターに乗り、オフィスに入った。彼女はそそくさとオフィスを出て行った。私は着替えを始めた。ちょうど、パンツ一丁になったところだった。すると、「開けろ、開けろ。」と言いながらドアを叩く音がする。彼女だ。急いで服を着てドアを開けると、「次男坊のために買ったミルクを忘れた。」と言いながら、またそそくさと出て行った。
 ここまで長々と書いて、実はオチがないのが悔しいのだが、要は、振り回されたということである。女性の皆様には失礼かもしれないが、万国共通、女性にはこういうところがあるような気がする。

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お金

 お金の定義は様々であって、どのような観点から定義するかで異なる。会計的にいえば、貨幣的価値で測定できるもののみが会計の対象になるわけだから、お金は会計の基本である。また、お金は、ただそれだけで価値のあるものだから、価値保存機能がある、などという言い方もする。
 ただ、ここでは、そんな観点からではなく、(結局難しい言葉を使ってしまうが)「交換手段」としてのお金に着目してみたいと思う。
 昔は物々交換だった(のだろう)。例えば、A家では大根がたくさん採れる、B家ではみかんがたくさん採れるとするならば、互いに互いのものが欲しかったり、食べきれなかったり、日頃お世話になっているからということで、そこには「交換」があったと思う。もっと言うと、単なるモノの交換だけではなく、「いや~、大根おいしかったよ。ブリ大根にしたら最高だったよ。」とか、「今年のみかんは甘いねえ。気候が良かったからね。」などと、そこには、モノの交換を超えたやり取りがあったに違いない。つまり、極論すると、お金がなくとも、人間として豊かに生きていけた時代があったはずだ。ここではお金自体について語るつもりはなくさらっと行くが、お金は本来、こういうやり取りの「媒体」であるはずだ。確かに、「金融」の発達は必要で、「金融」がなければ世界はここまで発達しなかったと考えられるが、一方で、2008年秋頃からの経済不況を引き起こしたりもする、怖いものである。
 結論としては、現在においても、そのような「気持ち」をもってお金を使ったりお金のことを考えられたら、気持ちが楽になるのではないかと思うし、行動も変わってくるのではないかと思う。これは自分の資金使途を正当化することになるかもしれないが、細かいことは気にせず、気持ちよくお金を使いたいと思っている。ただ、お金を使うというのは「フロー」の概念だから、会計士としては、「貯金」という「ストック」の概念についても十分考察する必要がある。近いうちに、「貯金」について考察してみたいと思う。

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会計士の三種の神器③

 最後は、筆記用具だ。以前は、多種多様の筆記用具を持ち歩いていたが、現在ではそれらが厳選され、最も重要な筆記用具は、四色ボールペン(シャープペンシル付)、ホッチキスくらいだろう。
 今思い返すと、新人の頃から数年間は、とにかく監査調書の「見栄え」を気にしすぎており、肝心の深度は問題である。もちろん、監査調書を作成することも重要な仕事の一つだが、最も重要なのは、深度ある分析・検討だ。現在はその点を意識しているので、四色ボールペン(写真下の赤いものは手帳)で十分だ。

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会計士の三種の神器②

 次は、電卓(写真の赤いものは電卓ケース)だ。これなしには仕事にならない。女性の先輩会計士で、珠算の影響か、暗算が物凄く、電卓を使わずとも6桁以上の数字の足し算ができる方がいらっしゃったが、稀だろう。
 資格の学校の講師で、「左手で電卓を叩けない会計士は潜りです。」などと豪語している方がいらしたが、実務は受験とは違うので、そこまでの電卓早叩きは必要ない。ただ、左手で電卓を叩き、右手で字を書く方法は、効率が良いことは確かだ。

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会計士の三種の神器①

 新人の時、先輩会計士に、「この仕事は体力勝負だ。くれぐれも腰には気をつけろ。」と言われたものだ。ところが、現在は腰痛持ち。我々の仕事では、クライアントを訪問し、クライアントで仕事をすることが多いため、持ち運ぶ道具が多い。ラップトップ、電卓、筆記用具、専門書等々、重いものが多い。
 そこで必要となるのが、大きな、タフな鞄だ。写真の鞄はTUMIのレザーで、2代目。1代目はナイロン(アメリカ軍が防弾チョッキに使用しているバリスティック・ナイロンを改良したもの)のもので、修理しながら10年使った末に、「新規購入代金<修理代」となったため、リタイアとなった。なお、アメリカ合衆国でTUMIを購入すると、ネーム・プレートへの刻印(写真下)がサービスとなる。いずれにせよ、会計士にとって、大きな、タフな鞄は、三種の神器No.1であろう。

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腰パン

 結論から言うと、このようなことをいちいち問題として取り上げることをやめるべきである。日本人は、変なところに厳しく、変なところに甘い。もっと大事なことがあるだろう。腰パンが社会的に問題があるのか。どこの国か忘れたが、開会式での入場行進の際、ビデオカメラを持ち撮影しながら入場する選手がいたが、比較の問題として言うならば、そちらの方が問題ではなかろうか。
 日本オリンピック委員会(JOC)には国際大会での「代表選手団公式服装規程」という決まりがあり、「自覚と誇りを持って選手団公式服装を着用しなければならない」と定められている。 「腰パン」だと、「自覚」と「誇り」に欠けるというのか。
 「若い者は・・・」という人がいるが、年配者にも「???」な人はたくさんいる。何か他人の粗探しをしてそれを指摘するのではなく、ポジティブな現象を願い、もっと前向きな言動をすべきである。
 国母和宏選手の着こなし、恰好良いと思うが。こんな着こなしができて似合う人は、そういないと思うが。個性の範囲内ではなかろうか。

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こだわり

 「拘り」と漢字で書くと、ネガティブな印象を受けてしまうが、ここでは、ポジティブな概念として「こだわり」を捉えたい。特に仕事においては、「ブレない軸」が必要である。軸がグラグラしていると、何のために何をやっているか、自分を見失うことになる。しかし、「こだわり」を持って仕事をすること、つまり、仕事の対象に思い入れを持って寄り添って自分を出していくこと、そこに軸があるし、価値がある。そのような意味で、、「こだわり」は非常に重要である。一流のコンサルタントの中には、プレゼン資料中の表の罫線の幅といった細部にまでこだわると言うから、ある意味、オタクに近いものがある。
 しかしながら、他者を意識しない、我に入った「拘り」には注意したい。そのような「拘り」は、他者を不快にさせ、結果的には自分を破滅に追い込むことになる。何かにこだわるのはいいが、「あれ?何かおかしいな?」と感じたら、一度その対象から離れてみることが重要である。ちょっとズルいし、矛盾するかもしれないが、「常に着脱可能」な柔軟さも重要である。
 なお、(性格、食事などに)「偏りのある人」は認知症になりやすいとのことなので、殊のほか留意が必要である。

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 「宝」というのは非常に主観的な概念であり、何を「宝」とするかは人または人間集団によって大きく異なる。命、経験、友情など、個人的な有形無形の大切なものも「宝」と呼ばれることが多く、形のあるものから形のないものまで様々である。
 ノルディック複合選手の阿部雅司氏は言う。
 「補欠となった経験が私の宝である。補欠を乗り越えた自分を誇りに思う。それがあったからこそ今の自分がある。」
 アルベールビルオリンピックでは、自分の後輩達が選手として選ばれ、自分は落とされた。当時のノルディック複合部長は、「当時の阿部は若干勢いがなかったということで落としたが、苦渋の決断だった。」と言う。補欠となったことが分かった時、阿部氏は思わずロッカールームから走って出て行ってしまったそうだ。当時はそれくらい、「補欠」となったことはつらい経験で、「補欠」は「宝」の顔をしていなかった。ところが、次のオリンピックでであるリルハンメルオリンピックでは、ノルディック複合団体選手に選ばれ、見事金メダルを獲得している。アルベールビルオリンピックで選手に選ばれた河野孝典・荻原健司にとっても、先輩である阿部氏の存在は、いい意味でプレッシャーになっていたことが窺える。
 成育歴からして、これまでの私は、スポーツに興味を示さなかった。しかしながら、スポーツには「ドラマ」があることが分かった。スポーツを単なる競技としてしか捉えていなかった自分には「観察力」が欠如していたと言うほかない。今後は、スポーツにおける選手の生き様に着目していきたい。

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固定資産の減損

 減損会計(げんそんかいけい、impairment accounting)とは、資産の収益性が低下して投資額の回収が見込めなくなった場合、当該資産の帳簿価額にその価値の下落を反映させる手続きをいう。
 減損会計を理解する上では、次の4つの要素について、趣旨・具体的内容などについて、しっかりと理解する必要がある。
 ①資産のグルーピング
 ②減損の兆候
 ③減損損失の認識
 ④減損損失の測定
 なお、減損会計は、経営上は、単なる固定資産の簿価切り下げにとどまらないのが通常であると考えられる。ビジネスの収益性が低下しているからこそ減損会計を適用するのであって、単なる固定資産の価値のみならず、ビジネスそのものの価値が問われていると言わざるを得ない状況が多々ある。この点、「『正味売却価額』が高い」ことを理由に減損処理を見送っているケースが散見されるが、そもそも、「正味売却価額で固定資産を評価すること自体」の意味を考えてほしい。「ビジネスで使用する固定資産を売る時の価値で評価する」⇒「ビジネスをやめることが前提」、ではないだろうか。
 今後は、固定資産の減損の詳細について考察していくことにする。

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St. Valentine’s Day

 バレンタインデー、あるいはセントバレンタインデー(St. Valentine’s Day)は、2月14日に祝われ、世界各地で男女の愛の誓いの日とされる。もともと、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日であるとされているが、これは主に西方教会の広がる地域における伝承である。聖ウァレンティヌスを崇敬する正教会の広がる地域では、西欧文化の影響を受けるまでこのような習慣はなかった。
 バレンタインといえば、高校生時代の国語教師(以下「I氏」とする)の言葉を思い出さざるを得ない。I氏の授業は、65分の授業のうち半分以上が「雑感」で占められ、後半になってやっと、しかし、うまい具合に、本論(国語の授業)に入っていく。バレンタインデーに、男子生徒に向けて、常々I氏が言っていたことがある。「バレンタインデーにチョコがほしかったら、まずはホワイトデーに女性にプレゼントをあげろ。一年がかりだ。そうすれば、うまく循環ができてくるはずだ。」と。説得力のあるようなないような、という感じであったが、I氏は素晴らしい引き出しをたくさん持っている。
 その引き出しの一つを紹介する。授業でI氏は、ユーミンの以下の歌詞を取り上げた。
  あなたを思い出す この店に来るたび
  坂を上って今日も 一人来てしまった
  山手のドルフィンは 静かなレストラン
  晴れた午後には遠く 三浦岬も見える
  ソーダ水の中を 貨物船が通る
  小さなアワも恋のように 消えていった
 I氏は、「ソーダ水の中を貨物船が通る」の歌詞に興味を覚え、どうしてもその意味を知りたくなり、遠路車を走らせ、ドルフィンに行ったそうだ。当然のことながらソーダ水(ドルフィンソーダ)を注文したが、まだ歌詞の意味がわからない。しかし、ふと、テーブルに頬杖をついてみたところ、なんと、ソーダ水の中を貨物船が通ったそうだ。以上を受けてI氏の本論(授業)で言っていたことは、「『詩の背景』を想像してみなさい。」ということだ。「この歌詞の主人公は、頬杖をついて、憂鬱な気持ちでドルフィンで過ごしていたのだろう。」ということだ。「『ソーダ水の中を貨物船が通る』という言葉だけでそういった背景を表現してしまうユーミンはすごい。」とI氏が言っていた。
 I氏、あなたの行動力と感性もすごい。失礼かもしれないが、黒板に物理教師の似顔絵を描くは、65分の授業のすべてを「雑感」で終わらせるはで、(いい意味で)相当の不良教師であった。

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Django Reinhardt (ジャンゴ・ラインハルト)

 ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt 1910年1月23日 – 1953年5月16日)は、ジャズ・ミュージシャン、ギタリスト。本名ジャン・バティスト・レナール(Jean Baptiste Reinhardt)。ベルギー・リベルシーの出身。ジプシーの伝統音楽とスウィング・ジャズを融合させたジプシー・スウィング(マヌーシュ・スウィング)の創始者として知られる。ジプシーとして、幼少の頃からヨーロッパ各地を漂流して過ごし、そこでギターやヴァイオリンの演奏を身につけて育った。1924年、歌手の伴奏でバンジョーを弾く。これが初のレコーディング経験となった。その後ギタリストとして活動。18歳のときにキャラバンの火事を消そうとして、左手人差指・小指の動きを失う大火傷を負った(後のギター演奏シーンでは、この2本の指を深く曲げたまま、残った3本の指で演奏している)が、そのハンディを奇跡的に乗り越え、独自の奏法を確立。1934年にはフランス・ホット・クラブ五重奏団を結成。映画『ギター弾きの恋』の中でも名前がでている。後世のミュージシャンに多大な影響を与える多くの傑作を、その短い生涯の中で幾つも発表した。1949年、フランス・ホット・クラブ五重奏団の盟友であるステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)と共にローマに渡り、現地のミュージシャンと共にクラブで演奏していた模様を収めた『ジャンゴロジー』は、傑作として名高い。1953年、フランスで亡くなる。
 他人が軽々しく「逆境」などと言ってよいものか、言葉を慎重に選ぶ必要があるが、多くの人は、上記のような状況に陥ったら、ギターをやめるのではないだろうか。上記の状況を「逆境」と言うならば、ジャンゴは、逃げずに逆境に寄り添った。ジャンゴの上記境遇からすれば、他に選択肢がなかったのかもしれない。いずれにせよ、ジャンゴの演奏は素晴らしい。映画「ギター弾きの恋」に、「俺はジャンゴの次にすごい。」と豪語するギター弾きが主人公で登場するが、彼も、ジャンゴの演奏は「涙なしでは語れない。」と言っていた。なお、この映画自体も興味深い。ギター云々よりも、「本当に大切な人は誰?」を教えてくれる。

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写真

 デジタルカメラの発達にはついていけない。どのタイミングで買えばよいのか、どのメーカーがよいのか、どのような機能があるのか、など、デジタルカメラを購入する際の切り口には枚挙に暇がなく、意思決定が難しい。結局のところ、販売員の説明の明確さ・熱心さ・心遣い・顧客観察力(=マーケティング)などが、その時の自分の要求水準を超え、納得のいったときに、購入という意思決定をしているように思える。電気製品に関しては、どうしても大型量販店の存在が大きいとはいえ、結局は「人」である。
 さて、今後は、デジタルカメラを「仕事」で使っていきたいと考えている。これまでは、プライベートでしか使用していなかったし、かつ、自分自身のデジカメを持っていなかった(今は亡き京セラのデジカメを持っていたが、壊してしまった)ため、写真を撮ることに関しては、積極的ではなかった。しかしながら、「仕事」においても、「幸福論」や「専」とも関連し、「今、この瞬間」を大事にしていきたいと思うので、写真の力を、どんな方法でもよいから、「仕事」に活かしたいと考えている。そういうわけで、とうとう、「Canon PowerShot S90」を購入した。「キャノン」ではなく、「キヤノン」である。

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幸福論①

 社会人になってから、「幸せ」とは何かを意識するようになった。以前は、「幸せ」とは、どこか遠くにあるもので、常に追い求めていないと手に入らないものだと思い込んでいたが、最近は、身近にあるものに感謝したり、今充足されているものに満足したり、と、要するに、現時点の自分の状況を肯定的に受け入れられることをもって、「幸せ」だと解釈していた。もっと言うと、そのような幸せが「唯一」の「幸せ」であると考えていた。
 ところが、昨晩、ある最も近しい人物と「幸福論」を展開していたところ、上記の「幸せ」(以下、「幸せ①」という)は確かに大切だが、「幸せ」は「それだけではない」という。どういうことかと説明を求めると、上記の「幸せ①」は自分だけに関する概念であり、「他者」が介在していないから「それだけではない」という。つまり、「幸せ①」がある程度充足されたら、今度は、「他者」をも「幸せ」にすることも考慮に入れた「幸せ」(以下、「幸せ②」という)考える必要があるということだ。なるほど、人間は成長する必要があると考えるならば、「幸せ②」は必要だ。「幸せ②」を目指して、他者と切磋琢磨し、自分を高め、その結果として到達した「幸せ」は、素晴らしい。
 以上をまとめると、「現状を肯定的に受け入れつつ(「幸せ①」)、他者を意識したさらなる高み(「幸せ②」)を目指す。」ということだろう。
 そういえば、高校生の時の担任が常々、「小さくまとまるなよ。」と言っていたのを思い出す。

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事務所

 事務所(じむしょ)。いい響きである。勝手なイメージだが、人がいて、誰かと電話をしていて、なんか書類を書いていて、3時にはお茶をすすっていて、夜は鍵をかけて帰宅して、と、「人の動き」が感じられる場所である。
 左の写真は私の事務所の一角の私のデスクだが、公認会計士を目指した動機でもあった、「自分の城」というものがどうしても欲しかった。現実はそう甘くはないが、今この時、現時点では、仕事・仲間・家族の協力・時間などに恵まれ、貨幣価値で測定不可能な効用のような概念を入れるならば、現時点に満足している。ただ、人間は、魂レベル・仕事・人間関係等、様々な面で成長することが宿命であるから、現状に満足しているからといってそこに甘んじることなく、さらなる成長を志向していたい。ただ、繰り返しになるが、「現状に満足できる」のも「ありのままの自分を受け入れる」ということなので、ますは「現状肯定」をしたいと思う。
 私を含めて3人の仲間(先輩)がいるので、会計・税務の話、世の中の話等々で、いつも賑やかですよ~っ。

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うざい

 うざいとは『うざったい』の略で、「鬱陶しい」「わずらわしい」「うるさい」「面倒臭い」「気持ち悪い」「邪魔」といった意味を持つ。1980年代のツッパリブームから関東圏を中心に使われるようになり、1990年代には不良以外にも使われ、全国的に普及する。うざいが更に簡略化された『うざ』や、うざいの語感が荒くなった『うぜー(うぜえ)』という言い方もある。
 ある対象を「うざい」と感じるか否かは、人それぞれであろう。また、感じる人その人の状態によっても、「うざい」と感じるか否かが違ってくると思う。例えば、ベトナム滞在中に街を歩いている時を想定すると、自分がほとほと疲れているときには、縦横無尽に走り回るバイクの群衆に対して「うざい」と感じる。やつら全員が敵に思えるくらいだ。一方、自分が何かに満ち足りていて状態の良い時には、それらを「うざい」とは思わない。むしろ、彼ら全員が自分の味方のような気がする。
 
 また、最近はいい意味で自分のことを「うざい」と言ってくれる人になかなか出会えない。自分を過大評価する意味ではないが、いい意味で「うざい」と感じられるかどうかは、その人の「観察力」にかかっていると思われる。したがって、「ただ単に(悪い意味で)うざい」というのでは、「観察力」はまだまだだろう。私自身に観察力があるということをここで言いたいわけではないが、私はいい意味で「うざい」人が好きである。特に、「オタク」と言われる人々が、(気持ち悪くなければ)好きである。「オタク」は凄いものを持っている。誰にも負けない何かを持っているからだ。
 人に不快感を与えたくはないが、いい意味で「うざい」と思われる存在でありたいと思っている。

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自然

 先日、ぼんやりとテレビを見ていたら、永平寺第78代貫首宮崎亦保禅師(故人)が物凄く強烈なお言葉を仰っていたので、思わず聞き入ってしまった。概要は以下の通りである。
人間はいつ死んでもいいと思うのが悟りだと思っていた。
ところが、それは間違っていた。
いつでも平気で生きていられるのが悟りだった。
自然は立派やね。
自然の法則を真似て、人間は暮らす。
時が来たならば、ちゃんと花を咲かせ、
そして、黙って、
褒められても、褒められなくても、
すべきことをして、黙って去っていく。
それが実行であり、教えであり、真理だ。
平気で生きておることは難しい。
死ぬときがきたら、死ねばいい。
それまで平気で生きていればいいのだ。
 106歳でお亡くなりになった先生(自然と「先生」という言葉が出てきます)の104歳の時のお言葉だったと記憶している。親を亡くして15歳の時に寺に引き取られ、それ以来、禅の道を歩んでこられたそうだ。「平気で生きる。」とは、おそらく、「日々の生活を淡々と生きる。」ということだと解されるが、そのこと自体に意味があるということなのだろう。なんとも、深いお言葉である。

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節目

 「Tet (テト)」とは、漢字の「節」のベトナム語読みであり、いわゆる旧暦の正月を意味する。本日はまだテト前であるが、会社によっては、本日からテト休暇に入るケースもあり、本日は、正月休み前で、街が浮足立っているといった印象を受ける。弊事務所のベトナム人スタッフも、明後日からテト休暇に入るのだが、本日はお年玉の用意をし始めるなど、気持ちはテトに向いている。
 「節」、「節目」というのは、何も暦に限ったことではなく、人それぞれ、何らかの節目があると思う。この点、スティーブ・ジョブズは、絶えず自分に問いかけ、「節目」を意識している。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。」
最後に、もうひとつ。
「君たちの時間は限られている。だから他の誰かの人生を生きて時間を無駄にしてはいけない。定説(ドグマ)にとらわれてはいけない。それは他の人たちの考え方の結果と生きていくということだ。その他大勢の意見という雑音に、自分の内なる声を溺れさせてはいけない。最も大事なことは、自分の心に、自分の直感についていく勇気を持つことだ。心や直感はすでに、あなたが本当になりたいものを知っている。それ以外は二の次だ。」
 最近、こういったことを考えると疲れてしまうことがあり、「もう考えない方がよいのか?」などと思ってしまうが、「テト」という「節」が暦の上にあり、ベトナム人の行動が「節」を意識した行動であることを目の当たりにし、やはり、人生については、常々考えていきたいと思った次第である。

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専門

 常々、「専門」について思いを巡らせているが、本日は、改めて、「専門」について考える機会があった。そこで、そもそも、「専門」とはどういう意味なのか、「門」の意味はなんとなくわかるが、「専」はよくわからないので、「専」について調べてみた。
 「専とは、『寸(手の指一本)+糸をまいた紡錘の象形文字』の会意兼形声で、紡錘は何本もの原糸を集めることから、専一の意味が生じた。」という。なるほど、「専一」。ところで、専一とは、「他を顧みないで、ある物事だけに力を注ぐこと。」という。
 そこで分かったことは、現時点で「専門」とするものがないのだとしたら、「専門」とは、どこか遠くにあるものではなく、また、探しに行くものでもなく、「自分の心のありかた」だということだ。「幸せ」の考え方とも似ているように思える。
 「専門」かどうかは、自分がどれだけその対象により添えるか、にかかっているのだろう。

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信頼

 信頼しているとは、どういう状態をいうのであろうか(写真は”ノブヨリ”)。まず一般的なイメージを得るために、「信頼」で画像検索すると、「握手」している画像が散見された。しかし、自分にはしっくりしない。自分にとって「信頼」とは、握手よりももっと深く、ある意味「つらい」状態のような気がする。
 なかなかよい言葉が見つからないが、「信頼」、特に、「相手を信頼する」とは、当該「相手」が自分に対して「つらい」状況を作り出すことがあっても、それを上回るほどの価値を相手に感じ、相手を尊重することだと考える。言い方を変えれば、当該「相手」のプラスもマイナスも受容できる、または、「お互いに」相手の悪いところ・自分の悪いところを受容しあえる、そんな「仲」のように思える。
 だとするならば、信頼関係が最も固く、それでいて、信頼関係を築くのが最も難しのは、「家族」ではないだろうか。特に、「夫婦」は?
 いずれにせよ、「信頼」とは、「つらい」面もあるが、(いい意味で)やめられない。

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