芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

父親

 ここ2年くらいは、両親と話をする機会がめっぽう多くなった。それまでは、両親と話をすると言ったら、たまに実家に帰省した時くらいであり、特に話をする必要性を感じていなかったというのが正直なところである。特に、父親と対面して、サシで話をすることなど、これまでに何回あったことだろうか。おそらく5本の指に入るくらいだろう。
 そのような状況だったものの、最近は、父親が仕事で度々上京するものだから、父親と対面して話をする機会が多くなった。本日は、大塚の「こなから」という店で、酒を飲みながら話をしていた。日本酒の2杯目からだろうか、父親も気分が良くなってきたのであろう、饒舌になってきた。ところが、父親の話は、単なる昔話ではなく、幼い頃の心情の吐露であった。自分のことに関しては寡黙であった父親が、これまでに自分自身のことを、聞いてもいないのに話をすることはまずなかった。いや、こちらから聞いたとしても話すことはなかった。その父親が、自分の心の内を話し始めたのである。どのような幼少期を送ったか、どのような経緯で母親と結婚をしたか、どのようなつもりで仕事をしてきたのか。 私は、父親が生きているうちに話を聞けて、嬉しく思っている。
 やはり、人間は、「プラス+マイナス=ゼロ(ちょっとのプラス?)」と相場が決まっている。世の中には、程度の差こそあれ、また、意識的にも無意識的にも、親との間にわだかまりがあることが多いかもしれない。それは親に対する「思い込み」であったり「コンプレックス」であったり「蔑み」であったり。しかし、親は馬鹿ではない。だてに数十年を生きてきていない(中には何十年たっても「学び」のない方もいるが)。このブログを読んでいる方の中には、親に対して何らかのわだかまりがあり、親を遠ざけている方がいるかもしれない。しかし、その「親を遠ざける」ことによって得られる(一見して)「平穏」という「プラス」には、例えば、親が亡くなり「親と分かりあうことをしなかったことの後悔」という「マイナス」が伴うかもしれない。一方、勇気をもって「親と分かりあう努力をした」という(束の間の)「マイナス」には、その後の親との関係が良好になるという(持続的な)「プラス」が待っているかもしれない。いずれにせよ、人間の人生は「フェア」にできていると思う。

EBJ

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