芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

秋の榛名山ツーリング

 第二の故郷である群馬県の榛名山。榛名町は高崎市となったのですね。私が住んでいた頃は、榛名山が高崎市にあるなど想像もつかなかった。
 私の場合、ちょうどいい季節の春と秋が繁忙期となるため、今年の秋は紅葉がみられるかどうか微妙だったが、なんとか念願がかなった。
 今回のツーリングでは、SR歴30年の大先輩の後ろについて走ったため、峠の走り方について大変勉強になりました。どこでブレーキを踏み、どこでアクセルを踏むか。
 馬がいい顔しちょります。

~Wikipediaより~
高崎市との合併を決定するまで
榛名町は2004年4月に箕郷町と共に2003年12月に高崎市・群馬町・新町・倉渕村・吉井町が設置した任意合併協議会に合流し、合併協議が本格化した。
その後、吉井町は法定合併協議会設置案を否決して協議から離脱したが、箕郷町は住民投票の結果賛成多数となった事を受けて、群馬町・新町・倉渕村とは別個に、高崎市との法定合併協議会を設置した。5市町村は同時合併を目指して協議会を合同で開き、2005年2月8日に合併協定の調印に至った。
一方、榛名町は法定合併協議会設置前の2004年7月11日に住民投票を行い、僅差で合併反対が上回る。
賛成 6,330票
反対 6,415票
無効 212票
この結果を受けて当時の町長であった石井清一は自立を表明したが、石井町長と合併推進派が多い町議会は対立しており、町議会は法定合併協議会設置案を可決した。高崎市も箕郷町と同様、群馬町・新町・倉渕村とは別個に高崎市との法定合併協議会設置案を可決した。しかし、住民投票で僅差とはいえ反対が上回ったことを重視した石井町長は自立の方針を固持し、合併協議に加わらなかった。
これにより榛名町は合併推進派と自立派の住民団体が設立され、それぞれ署名運動などの住民運動を展開した。
合併推進派の住民団体:榛名町の将来を考える会(当時の会長は富沢素行)
自立派の住民団体:榛名を拓く会
2005年11月には榛名町の将来を考える会が石井町長に対し、榛名を拓く会が町議会に対し、それぞれリコールを請求。しかし、石井町長はリコール投票前に辞職し2005年12月25日に行われた町長選挙(投票率76.52%)の結果、石井町長は落選した。
富澤 素行 7,956票
石井 清一 5,665票
合併推進派の富澤町長が就任後の2006年1月22日に、榛名を拓く会が請求した町議会のリコール投票が行われた(投票率63.70%)が、ここでもリコール不成立となり、高崎市との合併に向けて大きく前進することとなった。
賛成 4,978票
反対 6,309票
町議会のリコール投票の翌日である2006年1月23日、箕郷町・群馬町・新町・倉渕村の4町村は高崎市に編入された。
その後、2006年2月8日に高崎市と榛名町は法定合併協議会を設置し、合併方式を「高崎市への編入」、合併期日を同年10月1日に決定し、同年5月8日には、高崎市内で合併協定調印式が行われ、松浦幸雄高崎市長と富澤素行榛名町長が合併協定書に調印した。
5月12日の両市町議会の議決を経て、5月15日には両市町長が小寺弘之群馬県知事に廃置分合(合併)の申請を行い、6月13日には群馬県議会も合併を議決、7月13日に総務大臣が官報に告示し、10月1日の高崎市と榛名町の合併が正式に決定した。
この合併により倉渕村域(現在の高崎市倉渕町)は飛地ではなくなり、群馬郡が消滅した。

EBJ

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