芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

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アイディアの実行

情報箱というフォルダを作り、
普段思いついた情報や世の中の情報を保存している。

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どこへたどり着きたいんですか?

某局の某番組で、
M氏とK氏の緊迫したやり取りについて、
ネットを見ると、「生命に対する侮辱」という面が取沙汰されているが、
僕は、M氏の以下の言葉がやけに心に響いた。

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自分のゾーンを大切に。

あまり好きな言葉ではないが、
ある一時期は「身の丈」をしっかりと認識することが重要だ。

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似た者同士

物事は、ある一定の所へ収斂されていく。

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目標と副産物

自分がコンサルを受けたいときはどんな時か。

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固定観念

するりするりと、その時の状況に応じて、
変化を見抜き、変化に応じて、
柔軟に対応していくのが、何より重要なのかもしれない。

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2015年07月の出来事

四半期レビューの仕事はあるものの、

ピークアウトした7月は、何とも言えぬ開放感がある。

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2015年06月の出来事

まったくEbalogを書いていなかった。

主な出来事は何か?

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☆ラッパ会計士☆

こんばんは。
江幡公認会計士・税理士事務所の江幡淳です。
僭越ながら本日送られてきた会報に載っておりました。
業界に貢献できるのであれば、単なる趣味に終始せず、いくらでもラッパを吹かせて頂きます。

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☆ツーリングに行ってきました☆

仕事が山積みでそんな余裕はないのですが、ツーリングに行ってきました。
今回は小名浜です。
寒い朝に、早起きをして、寒い寒い言いながらのツーリングは、ただ参加することに意味がある。
皆様の何気ない一言や仕草に、生き様を垣間見ることができます。

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芸術家と会計『01_芸術家と社会』~音楽取調掛~

もう2月になりましたね。
江幡公認会計士・税理士事務所の江幡淳です。
いつもお世話になりありがとうございます。
以前ご案内した芸術家と会計『01_芸術家と社会』におきまして、
「学校」という観点から明治維新直後の日本における芸術について軽く触れました。
もっと古い学校があったのですね。
それが「音楽取調掛」です。

音楽取調掛(おんがくとりしらべがかり)は、1879年から1887年までに存在した、文部省所属の音楽教育機関である。一時は音楽取調所ともいわれた。学校における音楽教育の研究のために1879年に設立され、1887年に東京音楽学校(後の東京藝術大学音楽学部)に発展的解消した。
(出典:Wikipedia)
明治5年(1872)の学制頒布でもって、小学校に唱歌を、中学校に奏楽をと決められました。しかし教師も教材も何もないから、学制頒布で決まったけれど何もできなかった。伊澤修二(1851-1917)は明治5年に文部省に出仕して、明治8年(1875)に愛知師範学校の校長をしているときに、アメリカボストンのブリッジウォートルという師範学校に調査のために留学した。伊澤らの進言により明治12年(1879)に初めて文部省内に音楽取調掛というのができ、これが音楽学校の始まりとなる。
その後、明治19年(1886)に音楽学校を作ってほしいと、伊澤を中心として上申書を森文部大臣に出す。音楽取調掛ができてから7年も経ち生徒も教育し、それなりに成果をあげていた。しかし、音楽取調掛を含めて、音楽、その他、優美に属する芸術家を養成したりするところは日本になかった。これは日本国民にとって不幸である。今文部省が音楽学校を設立しなければ、日本の開明進歩をさらに遅らせるという内容であった。その後明治20年(1887)10月に文部省告示で東京音楽学校が正式に認可され、伊澤修二は初代校長になった。
(出典:台東区文化ガイドブック~旧東京音楽学校奏楽堂を歩く)
日清戦争(1894年)以前の日本で、このような議論があったこと自体が、何だかすごいな、と思うのです。
やはり、芸術は社会にとって必要なものなのでしょうね。

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芸術家と会計『01_芸術家と社会』

「芸術家と会計」を考える上で、今回は、「芸術家と社会」について考えてみます。
私たちが暮らす社会において、芸術とは、どのようなものなのでしょうか。

江幡公認会計士・税理士事務所所長の江幡淳でございます。
個人的な趣向は別にして、おそらく、芸術は社会になくてはならないものなのだと思います。
以前から、以下のようなことを「なんでかな~?」と考えていました。
1. 古今東西、芸術がない社会はない(壁画、ピラミッド、神殿、教会、モスク etc.)
2. 上記1.とも関連して、芸術は、歴史伝承・プロパガンダなどの手段となる
3. 1887年、東京美術学校設立(1889年の帝国議会開設の2年前!!)
4. 1890年、東京音楽学校開校(1889年の帝国議会開設の翌年!!)
つまり、古代文明の時代から芸術はあるし、
日本においては、明治維新という、その後、経済・国防・教育など、
やることが沢山ある中の一つに、芸術があったという、その優先順位に着目したい。

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芸術家と会計『00_目次』

芸術家と会計の関係をどのように考えればよいのか?
ものすごく壮大な考察で、とても一度に書ききれないので、
まずは目次を考えてみます。
なお、「芸術家と~」となっておりますが、
芸術家に限らず、ビジネ全般、どの業種・業界に共通することと考えます。

01 芸術家と社会
02 芸術家と商品
03 芸術家とお客様
04 芸術家の元手
05 芸術家の収入
06 芸術家の支出
07 芸術家の生活
08 芸術家の家族
09 芸術家の趣味
10 芸術家と会計

目的は現代の芸術家について考察することだが、その前にどうしても、芸術家の歴史についても考察する必要があるだろう。
「パトロン」という言葉を耳にするが、例えば、昔と今とで、パトロンはどのような変遷をたどっているのか。
現代だったら、「寄付」や「贈与」と言われそうなお金の動きも、大昔はそんなことではなかったのではないか。
これはおそらく、徴税者がパトロンだったという歴史的な背景に起因するのではないか。
こういった視点から、『芸術家と会計』ついて考察していきたいと思います。

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メルマガに返信して下さる方々がいらっしゃいます。

 12月は飲酒・外食の機会が多く、本来ならば食事などの調整をしてリカバリーをしなければならないにもかかわらず、それができていない、しかし今日から頑張るつもりの、江幡公認会計士・税理士事務所の江幡淳です。 
 今年の11月から、メルマガを始めました。
 
 読者登録は簡単ですので、ご興味があれば是非ご登録ください。
 まだ初めて間もないメルマガですが、ありがたいことに、お返事をくださる方が沢山おられます。こちらから送らせて頂いているのに御礼のお言葉をくださったり、近況を詳しく書いてくださったりと、その内容は様々ですが、一方通行でないのが本当に嬉しいです。
 これからも、読んで下さる方々にとって、何かしら響くような内容にしていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。

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大衆酒場カネス

こんにちは。
江幡公認会計士・税理士事務所、江幡淳です。
繁盛店には、繁盛店たる所以がある。
ビジネスをやる上で、繁盛店には様々なヒントが隠されていると思います。
古今東西、世界中に繁盛店があり、世界共通の「理由」があると感じております。
私自身が訪れた繁盛店について、私なりの「繁盛の理由」を書いていきたいと思います。
江戸川区一之江にある、大衆酒場カネスさんです。
昭和7年創業というから驚きです。
現在も90歳を超えた大女将が毎日お店に出て、オーダーを取ったり、名物の煮込みを持ってきてくれたり、昔話をしてくれたりと、訪れるお客さんを楽しませてくれます。
私なりに感じた繁盛の理由は以下の通りです。
●料理は手作り
●メニューを絞っている(考え抜いている、ブレない)
●いちいちおいしい
●大女将のキャラクター
●お客さんに対する関心(話しかけてくれる)
●お客さん同士の交流が生まれる
●(常連さんが毎日のように訪れるほど)居心地が良い
●かゆいところに手が届く
写真が1枚しか載せられないのでラーメンの写真を載せましたが、このラーメンは絶品です。特にスープが何とも言えぬコクがあります。「かゆいところに手が届く」と書いたのは、締めのラーメンがちゃんとあるからです。
お店に行きつくまでに結構時間がかかるのですが、時間をかけてでも行きたくなるお店です。




さて、江幡公認会計士事務所では、ビジネスに関する記事や上記のような記事のメルマガを毎週水曜日に配信しております。
ご興味のある方は、こちらからご登録ください。
また、バックナンバーは、こちらへどうぞ。

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寅さんのようになりたい。

最近、寅さんにハマっています。
そして、寅さんのようになりたいと、強く強く思うようになりました。
放浪の旅をしたいわけではありません。
寅さんのように、いつも、人の痛みがしみじみわかるような人間であり続けたいと思うのです。
寅さんの口上も大好きです。
口上を聞くと、イライラも吹っ飛んで、思わず笑ってしまいます。
「結構毛だらけ、猫灰だらけ。お尻のまわりはクソだらけ。」
「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水。粋な姐ちゃん立ちしょんべん。」
失礼致しました。

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秋の榛名山ツーリング

 第二の故郷である群馬県の榛名山。榛名町は高崎市となったのですね。私が住んでいた頃は、榛名山が高崎市にあるなど想像もつかなかった。
 私の場合、ちょうどいい季節の春と秋が繁忙期となるため、今年の秋は紅葉がみられるかどうか微妙だったが、なんとか念願がかなった。
 今回のツーリングでは、SR歴30年の大先輩の後ろについて走ったため、峠の走り方について大変勉強になりました。どこでブレーキを踏み、どこでアクセルを踏むか。
 馬がいい顔しちょります。

~Wikipediaより~
高崎市との合併を決定するまで
榛名町は2004年4月に箕郷町と共に2003年12月に高崎市・群馬町・新町・倉渕村・吉井町が設置した任意合併協議会に合流し、合併協議が本格化した。
その後、吉井町は法定合併協議会設置案を否決して協議から離脱したが、箕郷町は住民投票の結果賛成多数となった事を受けて、群馬町・新町・倉渕村とは別個に、高崎市との法定合併協議会を設置した。5市町村は同時合併を目指して協議会を合同で開き、2005年2月8日に合併協定の調印に至った。
一方、榛名町は法定合併協議会設置前の2004年7月11日に住民投票を行い、僅差で合併反対が上回る。
賛成 6,330票
反対 6,415票
無効 212票
この結果を受けて当時の町長であった石井清一は自立を表明したが、石井町長と合併推進派が多い町議会は対立しており、町議会は法定合併協議会設置案を可決した。高崎市も箕郷町と同様、群馬町・新町・倉渕村とは別個に高崎市との法定合併協議会設置案を可決した。しかし、住民投票で僅差とはいえ反対が上回ったことを重視した石井町長は自立の方針を固持し、合併協議に加わらなかった。
これにより榛名町は合併推進派と自立派の住民団体が設立され、それぞれ署名運動などの住民運動を展開した。
合併推進派の住民団体:榛名町の将来を考える会(当時の会長は富沢素行)
自立派の住民団体:榛名を拓く会
2005年11月には榛名町の将来を考える会が石井町長に対し、榛名を拓く会が町議会に対し、それぞれリコールを請求。しかし、石井町長はリコール投票前に辞職し2005年12月25日に行われた町長選挙(投票率76.52%)の結果、石井町長は落選した。
富澤 素行 7,956票
石井 清一 5,665票
合併推進派の富澤町長が就任後の2006年1月22日に、榛名を拓く会が請求した町議会のリコール投票が行われた(投票率63.70%)が、ここでもリコール不成立となり、高崎市との合併に向けて大きく前進することとなった。
賛成 4,978票
反対 6,309票
町議会のリコール投票の翌日である2006年1月23日、箕郷町・群馬町・新町・倉渕村の4町村は高崎市に編入された。
その後、2006年2月8日に高崎市と榛名町は法定合併協議会を設置し、合併方式を「高崎市への編入」、合併期日を同年10月1日に決定し、同年5月8日には、高崎市内で合併協定調印式が行われ、松浦幸雄高崎市長と富澤素行榛名町長が合併協定書に調印した。
5月12日の両市町議会の議決を経て、5月15日には両市町長が小寺弘之群馬県知事に廃置分合(合併)の申請を行い、6月13日には群馬県議会も合併を議決、7月13日に総務大臣が官報に告示し、10月1日の高崎市と榛名町の合併が正式に決定した。
この合併により倉渕村域(現在の高崎市倉渕町)は飛地ではなくなり、群馬郡が消滅した。

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300gはペロリだが後できつい。


 今日は丸の内で仕事をしており、後輩会計士M君と、久々にココで300gのチーズ乗せのハンバーグ定食を食べたため、夕飯の時は食欲があまりなく、すいかとヨーグルトだけになりました。
 以前ベトナムで撮ったすいかの写真は、非常に赤々としており、甘そうだ。実際、とても甘く、南国で食べるすいかは格別であった。
 おそらく、今夜食べたすいかが今年最後のすいかとなろう。T教授と同様、ひしひしと夏の終わりを感じている。

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 いつもお世話になりありがとうございます。
 税理士業務にも当然に力を入れている会計士EBJです。
 今朝はいやな夢とともに目覚めました。公認会計士試験に落ちたという夢です。きついです。心はかなりきついです。当時の試験制度が適用されるでしょうから、短答式試験に合格し、論文式試験(7科目を同時に)に合格しなければなりません。
 もっと恐ろしい夢は、大学を卒業できないという夢です。この夢は、なぜか、大学を卒業できないというだけではなく、結果、公認会計士試験を再度受験する、という構成になっています。ダブルできます。
 不思議なことに、こういった夢をこれまでに何度か見ています。何を意味しているのでしょうか。
 こういう日は、気を取り直して仕事に取り掛かるに限ります。

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夏の終わり


 間違いなく、夏が終わろうとしている。
 蝉の鳴き声がパタッとやんだような気がするし、朝が涼しいし。
 夏の終わりには、こんな曲が似合う。
 近年の日本の夏は東南アジア並みに暑いので、それはそれで体にこたえるが、決して嫌いではない。「暑い、暑い。」と言いながら、しかし夏を楽しんでいる、その実感が好きだ。
 9月になっても残暑というものがある。夏の終わりを感じたならば、これからは、残暑で暑い日こそ、その暑さを楽しもうではないか。

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シャンソン、カンツォーネ♫


 3月21日に開催された日本公認会計士協会東京会の音楽祭で知り合った先輩会計士、S先生の歌を聴きに行った。毎月1回第3水曜日、銀座某所で歌っているそうだ。S先生が歌うのは、アルゼンチンタンゴ。白髪のダンディな風貌から、1つ1つのフレーズをかみしめるような、優しい声が聴こえてくる。
 場所は銀座某所、シャンソン、カンツォーネのライブハウス。シャンソンもカンツォーネも語源は同じで、大衆歌曲を意味する。カンツォーネというと、「オーソレミオ」「帰れソレントへ」などを思い浮かべるが、それらはカンツォーネ・ナポレターナであり、カンツォーネの一部にすぎない。また、カンツォーネというと、テノール歌手が声高々に歌い上げる状況を思い浮かべるが、カンツォーネはあくまで大衆歌曲であり、オペラのアリアとも異なる。
 そのお店の常連さんが歌を披露する時間もあったが、人が歌ったり演奏したりするのを見ると心がうずく。僭越ながら、私も「愛の賛歌」を歌ってみた。お粗末様であるが、グランド・ピアノの伴奏に乗っかり、気持ちだけは歌手気分。

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CHEZ NOUS

南欧料理シェヌー閉店のお知らせ
この度の別館の閉館に伴い、
2014年6月15日の営業をもって南欧料理シェヌーの営業を終了させていただきます。
長年ご愛顧賜りまして厚く御礼申し上げます。
営業最終日までサンクスフェアを開催しております。
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
 山の上ホテルの名店が6月15日で閉店するという。以前から行こう行こうと思っていたが、もう時間が限られている。さっそく行ってみると、そこは古き良きものがすべて残っていた。
 こういうお店がずっと残ってくれたら....





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間に合った!

 3月の終わりにホーチミンに行ってたんで、帰国してから桜を見られるかどうか心配だったが、どうやら間に合った。ホーチミンは常夏で、それはそれで好きだけど、日本人の自分は、春の桜が待ち遠しく、見ると心落ち着く。


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信頼関係とは。

 僕の診察カードには、確かに「3月1日(土)10:15」と書いてあったので、時間通りにお茶の水カイロプラクティックに到着した。
 しかし、先生が戸惑っている。「あれ?今日でしたっけ?最近は2週間間隔だったから、てっきり3月8日(土)だと思っていました。予約時に3月8日のところに記載していました。すみません!」と仰った。
 僕はその時、なんとも思わなかった。なにも特別な気持ちにはならなかった。怒りなど全くなかった。先生にはいつもお世話になっているし、先客が2名いてお忙しそうだし、自分も時間変更をお願いすることもあるし。「先生、大丈夫ですよ。来週出直してきます。」と言って、帰路についた。ちなみに、さぼうるでモーニングを食べてから帰った。
 これは、僕から見れば信頼関係の証だ(先生がどう思っているかまではわからない)。日々築いている関係性がそうさせたのだと思う。先生は僕にとってはゴッドハンドだ。もちろん、ゴッドハンドだということによる尊敬の念は大きい。しかし、それ以外にもたくさん勉強をさせてもらっている。
 自分の仕事においても、信頼関係は物凄く大事だ。これが築けないと、長い目で見ていい仕事ができない。世の中では同業者の事故の話が聞こえてくることがあるが、自分はそうはなりたくない。生きていれば争いごとをゼロにすることはできないが、そこまで人と争いたくはない。
 信頼関係とは。
 2013年6月からの出来事を、バックデートで書いてます。さかのぼってみてください。

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第1回東京会音楽祭

 2014年3月21日(金)春分の日に、第1回東京会音楽祭が開催されます。東京会とは、日本公認会計士協会の下部組織です。私の母校の同期のI君のピアノに乗せて、私はコルネットを演奏します。芸術的経営をサポートする以上、私も芸術を楽しんで参ります。
 万障お繰り合わせの上、是非遊びにいらしてください。詳細は以下の画像に記載されております。

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酒とは

 先輩の酒と、先輩の書。

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かつ平

10年ぶりに行ってみたけど、変わらない味。ロースかつにはお世話になりました。

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幸福論⑦

 食事の準備をしていて、足りない食材に気づき、エプロンを外し、買い物に行く、その外したエプロンは美しい。
 エプロンを着たまま買い物にいくのもありだけど。

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正月ツーリング

寒くてつらいけど、やっぱり行きたい、正月ツーリング。

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御神酒

 実は、3歳の時に、吉田神社で頂いた御神酒で、酒の味を覚えました。

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上半期を取り返すかのようにどんどん加速!

 9月からは、さらに「外」に向いた行動が加速していった。
 水戸に行き、草津温泉に行き、鹿児島にも行った。東京に居る日が最も少ない月だったかもしれない。鹿児島では、親戚の温かいおもてなしが心に染みた。九州の親戚付き合いは、殊の外熱いものがある。「家」の区別は関係なく年長者を敬い、若いものをサポートしてくれる。こんな温かい人達にもっと早くお会いするべきだった。自分は何をしていたんだろう。
 鹿児島には、また、必ず行く。

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自分で動いて流れを変えていった。

 8月からは、気持ちも行動も「外」に向けていった。具体的に動くことにした。皇居のウォーキング、腹筋、食事管理などなど、自らの行動で流れをさらに変えていった。家内のサポートなしには語れない。
 心が外に向かうと、おいしいものが食べたくなった。炭水化物ではないおいしいもの。それは、焼き鳥だった。厳密に言えば、タレには炭水化物が入っているが、米やパンや麺類ほどではない。うまい焼き鳥を探しては、家内と食べに行った。そこでの出会いもあった。
 おいしいものをおいしく食べられるという幸せ。嬉しくなった。

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ゴッドハンドを信じて。

 3日前に草津温泉から帰京した。腰をだましだまし、正座して温泉につかるなど、泣けてくるような草津温泉旅行になった。腰の状況には一喜一憂し、帰京しても、温泉の効果があったのかなかったのか、悲しくなるような状況だった。
 「果たして、今回もまた同じな(改善はしない)のではないか。」と、ゴッドハンドに対して疑心暗鬼になった。しかし、そんな気持ちを本人に伝えてよいものか。失礼ではないか。しかし、先生は何でも素直に話してくれと仰っていた。
 思い切って、先生に心の内をお伝えした。すると、「信じてください。お金は要りません。しかし、改善したら倍頂きます。」と仰った。物凄い自信に圧倒された。「これは一丁、信じてみよう。」と思えた。
 というわけで、7月はほぼ毎日、ゴッドハンドのもとに通い詰めた。
 そして、7月31日に、流れが変わった。

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プラスマイナス・ゼロか、ちょっとプラス


のどが渇いたので、スタバでアイスカフェラテのベンティ・サイズを買いました。460円だったので540円のお釣りをもらいました。
ところが、560円のお釣りのうち、500円をどこかに落としてしまいました。「960円のスタバのアイスカフェラテか。なんと高いものよ。」と、すこし凹みました。
夜は久々に大学時代の親友と食事をしました。帰りにタクシーに乗ったのですが、運転手さんはメーターをおとすのを忘れていました。通常1,200円前後かかるところ、初乗りの710円で済みました。結果として、本日のスタバの件はチャラとなりました。
本日の2つの出来事は小さなことですし、2点平均で考えられるほど世の中は単純ではありませんが、人生はプラスマイナス・ゼロか、ちょっとプラスにできているのだと、以前から思っています。幸福は幸福の顔をしていない。目先のことで一喜一憂するのは損です。

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弊事務所創立4周年パーティ

2013年4月6日(土)に開催されました。
沢山の方々にいらして頂き、お祝いして頂きました。
心から感謝申し上げます。

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家族や親戚と過ごす時間から学ぶこと


1. 親はいつまでたっても親、子供はいつまでたっても子供
2. 人をもてなすことのできる人の強さ
3. 自分もいつかそうなる
4. じゅんぐり、じゅんぐり

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怒涛のようだが幸福な2011年12月

 2011年12月3日以来、人生の流れが変わった。T教授に、いちいち突っ込まれたり、流されたりするので、写真のK義塾大学商学部T研究会の会食の際には全てを伝えきれなかったが、とにかく、2011年12月3日以来、極めて強い追い風に常に押され続けているかのごとく、怒涛のような日々が続いた。
 2011年も、既存・新規を問わず、様々な人々と交流した過程で、様々な知識・教養の仕入をした。無論、趣味の音楽に関してもインプットだけは継続的にしてきた。しかし、今にして思うと、12月3日までは、「アウトプット」をしてこなかったように思える。自分の体の内から全身全霊をかけて行うアウトプットを。
 受験勉強の例が分かりやすいと思うのだが(T教授は御経験がないだろうが)、インプットばかりやっていたのでは、合格はおぼつかない。しかも、こなしきれないほどの参考書等に手を出し、ヤマの所在に付和雷同するようなやり方では、安定的な実力は身につかないし、本番でパフォーマンスを発揮できない。重要なのは、薄いテキストを反復継続して回し、情報を自分のものにし、アウトプット(問題を解く)ことだ。これは、人生においても同様であると考える。
 音楽を通して、全身全霊をかけた人生のアウトプットを行った12月3日以来、仕事もプライベートも充実している。そして、大震災はあったものの、2011年を幸福を噛みしめながら間もなく終え、2012年を迎えようとしてることを、感謝の気持ちをもって実感している。
 写真は、K義塾大学商学部T研究会のT教授とそのゼミ生だ。2011年12月29日、目黒区三田の某所で、T教授やゼミの仲間とこのような時間を過ごせることは、いかにT教授に突っ込まれようが流されようが、幸せ以外の何物でもない。しかも、おいしい酒と料理とともにだ。こういう事を「贅沢」と言う。Wikipediaには載っていない。
 今年は全く「年末」という感じがしない。12月に新たな「事」が始まったからだ。

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至誠一貫・堅忍力行

 
一、旭輝く日の本の
  光栄(はえ)ある今日のそのもとは
  義人烈士の功績(いさおし)ぞ
  忠孝仁義の大道を 
  貫く至誠あるならば
  天地も為に動きなん
二、世界にきおう列強と
  ならびて進む帝国の
  基礎(もとい)は堅忍力行ぞ
  花朝月夕つかのまも
  古人に恥じぬ心して
  ゆめ怠るな一千人
 これは某高等学校の校歌である。一部左寄りの教諭・生徒の抵抗がないわけではないが、当時の時代背景や政治思想を超越した趣旨を考慮するならば、現代にも通じる、非常にためになることを謳っている。
 恥ずかしながら、先月上旬に開催されたソフトボールの試合で左足の筋肉及び神経を痛めて以来、どうにもこうにもままならない状況が続いていた。「痛み」というものは人間の精神を疲弊させ、行動を制約する。「病は気から」というがその通りで、痛みによって疲弊した精神力では、行動にダイナミズムが無くなり、それによって精神がさらに疲弊する。幸い、東洋医学と西洋医学の両者の力を借りて、現在は収まりつつある。
 怪我の功名と言ってよいのだろうか、改めて「心身共に健康」であることの尊さを認識し、まずは数週間の後退からの立て直しと、その延長線上にある飛躍に、今取り組んでいる。そもそも、ソフトボールを満足にできないような体でありたくない。精神の源は身体、身体の源は精神。人の力を借りつつも、元はすべて自分がそれらを左右する。
 「至誠一貫」・「堅忍力行」の精神で、この時代を乗り切っていく。

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大切なもの

 お陰様で、無事に37歳の誕生日を迎えることができた。今月上旬のソフトボールの試合で痛めた足が疼くのが頂けないが、FBの功績に負うところ大きく、たくさんの方々から祝福のメッセージを頂いた。心から感謝申し上げる。
 さて、人はそれぞれ、他人に簡単には言えない何かを抱えながら生きているのが通常である。一見すると順風満帆に見え、人が羨むようなものを持っていたとしても、それはその人の一面に過ぎない。人は、関与している他人の数だけ出来事があり、ドラマがある。また、将来は「今」という点の積み重ねであり、さらに、単純な積み重ねではない以上、将来のことは誰にもわからない。しかし、「今」の積み重ねが将来の事象を招くのだから、「今」から「過去」を振り返れば、これまで自分が歩んできた「今」が現在の状態を作っているということは、およそうなずけるであろう。
 「今」も「将来」も、大切なものは、「心身共に健康であること」と「人(出会い)」である。この2つがある限り、人生は色々な意味で面白いものだ。いざという時の瞬発力のために心身を鍛えておき、しかるべき出会いに備える。その繰り返しと、それができないことの繰り返しで、人生は成り立っているように思える。

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気にするな。

 素直に認めるほかないが、私は未熟者なので、①嬉しいことを大声で話す、②口を滑らせる・ムカッとする、③凹む・泣きたくなる、④心が熱くなる時がある。しかし、これらの点について、世の中を見渡したり(ex. 政治家の失言)、他人の一挙手一投足を観察してみたり(ex. 普段静かな人が「自分の領域」になると饒舌になる)、他人に質問してみたりすると(ex. 悩み相談を受ける)、実は、①から④は、全員がやっていることであるということが分かる。それもそのはず、それが喜怒哀楽なんだから、当たり前だ。特に、「口を滑らせる」なんて、みんなやっている。
 ただ、喜怒哀楽のうち、「怒」と「哀」を自分が他人に対してやったり、人からやられると、心が凹むことが多いようだ。しかし、そんな時は、軽く反省したら、「まっ、いいか。」と流した方がよい。悩むことによって解決するならとことん悩めばいいが、悩んだだけで解決する問題などない。負のスパイラルに入った時は、久々の登場である、以下の「四つの約束」(amazon参照のこと。)を復唱するのがよい。
1.正しい言葉を使うこと(他人や自分に対して、ネガティブな言葉を使わない )
2.なにごとも個人的に受け取らないこと(すべての事柄に対して客観的になること)
3.思い込みをしないこと(無駄な憶測・妄想はエネルギーの無駄遣い)
4.つねにベストを尽くすこと(今出来ることを実行すること )
 これまでに4回くらい読んだが、そういえば、最近読んでいない。近々読んでみることにしよう。

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正当な懐疑心

 「正当な懐疑心」というと、公認会計士の独占業務たる監査の専門用語のようだが、ここでは世間一般の事物に対する「正当な懐疑心」として捉える。
 本日は久々に、高校時代からの友人で現在は官僚のKと会食をした。こうして二人でいるのは、20年近く前、浪人の時代に、I県M市の某居酒屋K助以来だと思う。そういえば、K助にはなぜかアップライトピアノがあって、酔った勢いでピアノを弾いたものだ。光陰矢のごとし
 詳細は割愛するが、要は何が言いたいかというと、世の中の情報に対しては、もろに受けとめるのではなく、なるべく真実に近い情報と、現場の情報と、自分なりに解釈するための「正当な懐疑心」を持った方がよろしいということである。「これなくしては、真の民主主義は実現できない!」というのは大袈裟で、現在既に民主主義であるが、要は質の問題である。「先入観」もやめた方がよい。
 結局それが、自分のためでもある。

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