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Django Reinhardt (ジャンゴ・ラインハルト)

 ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt 1910年1月23日 – 1953年5月16日)は、ジャズ・ミュージシャン、ギタリスト。本名ジャン・バティスト・レナール(Jean Baptiste Reinhardt)。ベルギー・リベルシーの出身。ジプシーの伝統音楽とスウィング・ジャズを融合させたジプシー・スウィング(マヌーシュ・スウィング)の創始者として知られる。ジプシーとして、幼少の頃からヨーロッパ各地を漂流して過ごし、そこでギターやヴァイオリンの演奏を身につけて育った。1924年、歌手の伴奏でバンジョーを弾く。これが初のレコーディング経験となった。その後ギタリストとして活動。18歳のときにキャラバンの火事を消そうとして、左手人差指・小指の動きを失う大火傷を負った(後のギター演奏シーンでは、この2本の指を深く曲げたまま、残った3本の指で演奏している)が、そのハンディを奇跡的に乗り越え、独自の奏法を確立。1934年にはフランス・ホット・クラブ五重奏団を結成。映画『ギター弾きの恋』の中でも名前がでている。後世のミュージシャンに多大な影響を与える多くの傑作を、その短い生涯の中で幾つも発表した。1949年、フランス・ホット・クラブ五重奏団の盟友であるステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)と共にローマに渡り、現地のミュージシャンと共にクラブで演奏していた模様を収めた『ジャンゴロジー』は、傑作として名高い。1953年、フランスで亡くなる。
 他人が軽々しく「逆境」などと言ってよいものか、言葉を慎重に選ぶ必要があるが、多くの人は、上記のような状況に陥ったら、ギターをやめるのではないだろうか。上記の状況を「逆境」と言うならば、ジャンゴは、逃げずに逆境に寄り添った。ジャンゴの上記境遇からすれば、他に選択肢がなかったのかもしれない。いずれにせよ、ジャンゴの演奏は素晴らしい。映画「ギター弾きの恋」に、「俺はジャンゴの次にすごい。」と豪語するギター弾きが主人公で登場するが、彼も、ジャンゴの演奏は「涙なしでは語れない。」と言っていた。なお、この映画自体も興味深い。ギター云々よりも、「本当に大切な人は誰?」を教えてくれる。

EBJ

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