芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

カテゴリー: 教養

JAZZ AGE

Wikipediaによると、

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御食事中なら申し訳御座居ません。

本来は必要のないあるモノを長い間摂取していたが、
(調べによると)そのあるモノによって体のバランスを保っていた面があったため、
そのあるモノを絶ってから体のバランスが崩れている。
ただし、体調が悪いわけではない。

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電子メール機微論01

電子メールは非常に便利である。

しかし、電子メール「が」あるがゆえに、又は、電子メール「で」あるがゆえに、
様々な問題を引き起こしているのではないか。

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依存は禁物

クライアントの社長と話をしていて教えて頂いたこと。

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想像力

寝ている間にみた夢がきっかけとなって、
数か月前に私に投げかけられた心無い言葉を思い出した。

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速さを求めるなら、アナログの方が速い場合もある

「それでは、候補日を教えてくれます?」
という時に、近年は、スマホやタブレットを見にいく人が多いのではないだろうか。
スマホやタブレットを持ってない人は、まずはノートPCを立ち上げて、とか。

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似た者同士

物事は、ある一定の所へ収斂されていく。

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固定観念

するりするりと、その時の状況に応じて、
変化を見抜き、変化に応じて、
柔軟に対応していくのが、何より重要なのかもしれない。

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2015年08月の出来事

長年お世話になったExciteから、このEbalogに引っ越しをしました。
意外と簡単に引っ越しっできるんだな。

8月のイベントは、何といっても、お盆の帰省だ。

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2015年06月の出来事

まったくEbalogを書いていなかった。

主な出来事は何か?

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☆ラッパ会計士☆

こんばんは。
江幡公認会計士・税理士事務所の江幡淳です。
僭越ながら本日送られてきた会報に載っておりました。
業界に貢献できるのであれば、単なる趣味に終始せず、いくらでもラッパを吹かせて頂きます。

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芸術家と会計『01_芸術家と社会』~音楽取調掛~

もう2月になりましたね。
江幡公認会計士・税理士事務所の江幡淳です。
いつもお世話になりありがとうございます。
以前ご案内した芸術家と会計『01_芸術家と社会』におきまして、
「学校」という観点から明治維新直後の日本における芸術について軽く触れました。
もっと古い学校があったのですね。
それが「音楽取調掛」です。

音楽取調掛(おんがくとりしらべがかり)は、1879年から1887年までに存在した、文部省所属の音楽教育機関である。一時は音楽取調所ともいわれた。学校における音楽教育の研究のために1879年に設立され、1887年に東京音楽学校(後の東京藝術大学音楽学部)に発展的解消した。
(出典:Wikipedia)
明治5年(1872)の学制頒布でもって、小学校に唱歌を、中学校に奏楽をと決められました。しかし教師も教材も何もないから、学制頒布で決まったけれど何もできなかった。伊澤修二(1851-1917)は明治5年に文部省に出仕して、明治8年(1875)に愛知師範学校の校長をしているときに、アメリカボストンのブリッジウォートルという師範学校に調査のために留学した。伊澤らの進言により明治12年(1879)に初めて文部省内に音楽取調掛というのができ、これが音楽学校の始まりとなる。
その後、明治19年(1886)に音楽学校を作ってほしいと、伊澤を中心として上申書を森文部大臣に出す。音楽取調掛ができてから7年も経ち生徒も教育し、それなりに成果をあげていた。しかし、音楽取調掛を含めて、音楽、その他、優美に属する芸術家を養成したりするところは日本になかった。これは日本国民にとって不幸である。今文部省が音楽学校を設立しなければ、日本の開明進歩をさらに遅らせるという内容であった。その後明治20年(1887)10月に文部省告示で東京音楽学校が正式に認可され、伊澤修二は初代校長になった。
(出典:台東区文化ガイドブック~旧東京音楽学校奏楽堂を歩く)
日清戦争(1894年)以前の日本で、このような議論があったこと自体が、何だかすごいな、と思うのです。
やはり、芸術は社会にとって必要なものなのでしょうね。

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芸術家と会計『01_芸術家と社会』

「芸術家と会計」を考える上で、今回は、「芸術家と社会」について考えてみます。
私たちが暮らす社会において、芸術とは、どのようなものなのでしょうか。

江幡公認会計士・税理士事務所所長の江幡淳でございます。
個人的な趣向は別にして、おそらく、芸術は社会になくてはならないものなのだと思います。
以前から、以下のようなことを「なんでかな~?」と考えていました。
1. 古今東西、芸術がない社会はない(壁画、ピラミッド、神殿、教会、モスク etc.)
2. 上記1.とも関連して、芸術は、歴史伝承・プロパガンダなどの手段となる
3. 1887年、東京美術学校設立(1889年の帝国議会開設の2年前!!)
4. 1890年、東京音楽学校開校(1889年の帝国議会開設の翌年!!)
つまり、古代文明の時代から芸術はあるし、
日本においては、明治維新という、その後、経済・国防・教育など、
やることが沢山ある中の一つに、芸術があったという、その優先順位に着目したい。

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芸術家と会計『00_目次』

芸術家と会計の関係をどのように考えればよいのか?
ものすごく壮大な考察で、とても一度に書ききれないので、
まずは目次を考えてみます。
なお、「芸術家と~」となっておりますが、
芸術家に限らず、ビジネ全般、どの業種・業界に共通することと考えます。

01 芸術家と社会
02 芸術家と商品
03 芸術家とお客様
04 芸術家の元手
05 芸術家の収入
06 芸術家の支出
07 芸術家の生活
08 芸術家の家族
09 芸術家の趣味
10 芸術家と会計

目的は現代の芸術家について考察することだが、その前にどうしても、芸術家の歴史についても考察する必要があるだろう。
「パトロン」という言葉を耳にするが、例えば、昔と今とで、パトロンはどのような変遷をたどっているのか。
現代だったら、「寄付」や「贈与」と言われそうなお金の動きも、大昔はそんなことではなかったのではないか。
これはおそらく、徴税者がパトロンだったという歴史的な背景に起因するのではないか。
こういった視点から、『芸術家と会計』ついて考察していきたいと思います。

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シャンソン、カンツォーネ♫


 3月21日に開催された日本公認会計士協会東京会の音楽祭で知り合った先輩会計士、S先生の歌を聴きに行った。毎月1回第3水曜日、銀座某所で歌っているそうだ。S先生が歌うのは、アルゼンチンタンゴ。白髪のダンディな風貌から、1つ1つのフレーズをかみしめるような、優しい声が聴こえてくる。
 場所は銀座某所、シャンソン、カンツォーネのライブハウス。シャンソンもカンツォーネも語源は同じで、大衆歌曲を意味する。カンツォーネというと、「オーソレミオ」「帰れソレントへ」などを思い浮かべるが、それらはカンツォーネ・ナポレターナであり、カンツォーネの一部にすぎない。また、カンツォーネというと、テノール歌手が声高々に歌い上げる状況を思い浮かべるが、カンツォーネはあくまで大衆歌曲であり、オペラのアリアとも異なる。
 そのお店の常連さんが歌を披露する時間もあったが、人が歌ったり演奏したりするのを見ると心がうずく。僭越ながら、私も「愛の賛歌」を歌ってみた。お粗末様であるが、グランド・ピアノの伴奏に乗っかり、気持ちだけは歌手気分。

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うすうす分かってきたと思われること。

齢をとらないと分からないことは多い。
例えば、40歳位になって初めて分かるような類の事柄がある。
(あまり好きではない表現だが)逆に言うと、どうせしっかり分からないのだから、分かる時が来るまで、焦らず、そのままでいればよい。
基準などないが、20代なら20代のように、30代なら30代のように。

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間に合った!

 3月の終わりにホーチミンに行ってたんで、帰国してから桜を見られるかどうか心配だったが、どうやら間に合った。ホーチミンは常夏で、それはそれで好きだけど、日本人の自分は、春の桜が待ち遠しく、見ると心落ち着く。


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アートから見る企業メセナと社会

 特別講演会「アートから見る企業メセナと社会」に行ってきました。
 40分という限られた時間内で、北川フラム氏による、瀬戸内国際芸術祭(通称「セトゲイ」)の紹介が主な内容でした。
 人類の歴史における日本人の起源や祖先の暮らしにまで遡り、そういった視点から瀬戸内海の島々やそこで暮らす人々に焦点を当て、「おじいちゃん・おばあちゃんに楽しんでもらう」という目線が印象的でした。そして、セトゲイは、企業メセナ協議会や民間企業からの支援によるところが大きいそうです。
 セトゲイは、その地理的な要素から、「旅を内包している」とのことです。一度行ってみたいですね。
【日 時】2014年3月3日(月)15:00~15:40(開場14:45)
【講 師】北川フラム氏(アートディレクター)
【会 場】学士会館(千代田区神田錦町3-28) 202号室
■講師プロフィール
 1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京芸術大学卒業。
 主なプロデュースとして、「アントニオ・ガウディ展」(1978-1979)、日本全国80校で開催された「子どものための版画展」(1980-1982)、全国194ヶ所38万人を動員し、アパルトヘイトに反対する動きを草の根的に展開した「アパルトヘイト否!国際美術展」(1988-1990)等。
 地域づくりの実践として、2000年にスタートした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(第7回オーライ!ニッポン大賞グランプリ〔内閣総理大臣賞〕他受賞)、「水都大阪」(2009)、「にいがた水と土の芸術祭2009」「瀬戸内国際芸術祭2010、2013」(海洋立国推進功労者表彰受賞)等。
 長年の文化活動により、2003年フランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2006年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、2007年度国際交流奨励賞・文化芸術交流賞受賞。2010年香川県文化功労賞受賞。2012年オーストラリア名誉勲章・オフィサー受賞。
 「越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」の総合ディレクター。
◇現職および公職
公益財団法人福武館財団常任理事、㈱アートフロントギャラリー代表取締役会長、女子美術大学・青山学院大学・香川大学・神戸芸術工科大学他客員教授、(仮)豊島区文化政策推進プラン策定委員会委員長、(財)地域創造顧問等
◇URL http://www.artfront.co.jp/

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疲れたら運動する。

 先月からお客様の確定申告業務が本格的になり、事務所に籠って作業をする日々が続いておりました。そうすると、目は疲れますし、時には頭も煮詰まってきますし、何より、運動不足になります。
 運動不足になると、体を休めても疲れが取れないということに、改めて気づきました。なので今日は皇居を一周散歩しました。すると、血の巡りなどが良くなったのか、体が楽になりました。
 「疲れたら運動する。」を忘れないようにしたいものです。

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第1回東京会音楽祭

 2014年3月21日(金)春分の日に、第1回東京会音楽祭が開催されます。東京会とは、日本公認会計士協会の下部組織です。私の母校の同期のI君のピアノに乗せて、私はコルネットを演奏します。芸術的経営をサポートする以上、私も芸術を楽しんで参ります。
 万障お繰り合わせの上、是非遊びにいらしてください。詳細は以下の画像に記載されております。

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幸福論⑦

 食事の準備をしていて、足りない食材に気づき、エプロンを外し、買い物に行く、その外したエプロンは美しい。
 エプロンを着たまま買い物にいくのもありだけど。

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Le Petit Prince


我々のこのお年頃だからこそ、心に染み入ります☆
解説もありますよ。

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「言葉の裏の前提」は人それぞれ

これから海外に赴任するゼミの後輩の送別会が執り行われた。主役のM君、T教授、IT夫妻、TZ君、僕の6名であったが、僕とTZ君が会うのは久々であった。鎌倉在住のTZ君のことは、僕が湘南にドライブに行く度に案じていたが、今日はゆっくりと二人で話をすることができ、送別会というよりも、まるでさし飲みであった。

最近思うのは、「人は『観念』の生き物であり、『思い込み』がその人のすべてなのではないか。」ということである。「言葉の裏にある前提」が人によって違うのであり、Aさんが発した言葉の意味と、Bさんが受け取った言葉の意味は、違うことが多いのである。
また、人は自分や他人を裁くことがある。特に、他人のある一面に基づき他人を裁くことがある。この際、良い悪いはよい。人はそういうものなのだと、素直に受け入れることにしよう。
「言葉の裏にある前提が人によって違う」ことや「人は自分や他人を裁くことがある」ことが分かっているだけでも、だいぶ楽になるのではないか。

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2012年12月

BLOG更新をしていませんでした。ご無沙汰をしておりまして、大変失礼致しました。
12月は、仕事が一段落ついてから、自分の気持ちをトランペットの音に乗せて伝えることにエネルギーを注ぎました。子供の頃からのめり込んだトランペット。大所帯で演奏するよりも、自分の気持ちを素直に出せる演奏を選んだトランペット。今年は、私のパートナーのピアニストとのDuoという形にしました。演奏した曲の中でも「Everything Happens To Me」は、「やるせない男の曲」に終わらない、温かい演奏を目指しました。
思えば、2012年は、納得のゆく「発信」ができなかった。自慢や自己顕示欲発散の場ではない、読んでいただく方にとって意味のある発信がしたかったけど、迷いが出てなかなかそうもいかなくて、発信自体をやめていました。2013年は、あまり躊躇せず、とにかく書きます。
2012年も、皆様には大変お世話になり、ありがとうございました。

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2012年11月


11月は、仕事は忙しかったですが、心は冷静で、あることをずっと考えていました。「機が熟す」という言葉は非常に良い言葉で、「急いては事をし損ずる」という抑止的な言葉よりも好きです。

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2012年10月


10月の一番の思い出は、廣島での日々です。尾道、呉、江田島、宮島、四国と、さまざまな名所を訪れることができました。瀬戸内海の穏やかな海が印象的でした。

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2012年9月


9月は、中長期的な経営方針において大切な事を再確認し、大きく舵を取った月でした。

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2012年8月


8月は、あるProjectの真只中でしたが、実家に帰省してお墓参りに行ったり、両親と過ごしたり、廣島に行ったりと、短い休みでしたが、充実していました。

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2012年7月


7月は、草津温泉と軽井沢に行ってまいりました。草津温泉は、浅間山の自然の恵みを惜しみなく受け、豊富な湯量と温かい町が、人々を優しく迎えてくれます。「草津よいとこ一度はおいで。」とは、まさしくその通りですので、おすすめです。軽井沢の気温は15℃。オープンカーで行ったのですが、霧が濃く、寒いくらいでした。

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2012年6月


6月は、箱根温泉に行きました。箱根温泉はあまり馴染みがなかったのですが、なかなかいいお湯で、何より、都心から近いのが魅力でした。

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2012年5月


5月は、とにかく仕事が忙しかったですが、充実していました。

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2012年4月

BLOG更新をしていませんでした。「いつもデュークさんの写真のままだね。」というご指摘を多くの方々から頂戴しました。ご無沙汰をしておりまして、大変失礼致しました。
4月は、さまざまな桜の花を、さまざまな場所と、さまざまな時間に見て感じ、自然の美しさからエネルギーをもらいました。

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遠くから眺めてみる

 最近は、ゴールデンレトリバーがお爺ちゃんとその孫を助けたことや、ブータン国王夫妻が来日したことといったほのぼのとするニュースがある半面、2件の企業不祥事、Trans Pasific Partnership問題など、どうも世の中が落ち着かない。余震も結構ある。そんな落ち着かない世の中を反映しているかのように、殊に巨大都市東京では、人々は目先の快楽を求め続けるのであろうか。目先の快楽では、真の満足は得られないというのに。
 本日は、趣味の車の仲間と、今年のLast Touring。千葉県富津市を訪れた。海に面した公園からは、東京や横浜を一望できる。Sky Treeが誇らしげだこと、誇らしげだこと。田舎に行けば分かるが、東京は狭い。その狭い東京で、様々なことが起きているに過ぎない。遠くから見れば、狭い東京に烏合の衆がいて、なんやかんややっているに過ぎない。いや、それはそれでよいのである。それが個々の人生。自分もその一人。
 人はみな、自分が一番だと思っている。いや、そう思いたい。しかし、間違ってはいけないのは、「人との比較」で順位付けすることだ。人と比較している限り、自分を受け入れることはできない。人と比較しないで、自分を認めてやればいいのだ。「自分はこれでよい。」と。いつもいつも「自分」というものに固執する必要はないし、いつも固執していると他者と衝突が起きる可能性があるが、ここぞという時は、自分の胸に手を当て、自分が何を望んでいるか、正直な気持ちを自分に聞いてみればよい。

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Live告知

◆EBJ Jazz Trio
◆2011年12月3日(土)18:30~
◆スタジオSKホール
  〒166-0011 東京都杉並区梅里1丁目7-7

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逆境を乗り越えて

 本日は野口英世が生誕した日だ。思えば、小学生の頃、野口英世の伝記を読む度に涙したものだ。野口英世はさることながら、母シカの存在は、涙なしでは語れない。特に、文盲であったシカが、英世に宛てて書いた手紙からは、彼女の信念というか、人間的なパワーのようなものを感じる。英世が世界の偉人にまでなったのは、数々の逆境を乗り越えたからである。換言すれば、逆境にあっても、努力、人との出会いにより、無限の可能性がある。そんなことを、英世は教えてくれる。
 元プロボクサーの坂本博之も、逆境を乗り越えた者の一人だ。彼の人生も涙なしでは語れない。児童養護施設で育った彼は、まるで現代のタイガーマスクのようだ。彼はどんな逆境にあっても腐らなかった。児童養護施設に入る前は、弟とともに親戚の家に預けられたそうだが、ろくに食事を与えられず、玄関にタオルを敷いて寝ていたそうだ。空腹の弟のために、ザリガニを採って焼いて食べたりしたらしい。そして、ボクシングに出会った。
 本日のGoogleは気のきいたことをしてくれたものだ。お陰で野口英世を思い出し、彼の人生に思いを馳せることができた。

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Un ami français TM

 スティーヴ・ジョブス氏の訃報は、フランス在住の友人TMのFBの記事で知ったわけで、TMとはFBを通じてやり取りをさせて頂いているわけだが、TMとは高校の吹奏楽部で知り合い、音楽を通じて熱い青春時代を送ったものだ。記憶に残る名曲は枚挙に暇がないが、秋ということもあり、このJAZZの名曲でTMの記憶を掘り起こしたいと思う。
 異国の地で家庭を築き、異国の地で職を持つTMは、なんとたくましいことか。大変励みになる。折を見てまた訪問させて頂きたい。

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いつでもどこでも勉強できる。

 スティーヴ・ジョブスが亡くなった。その訃報を知って真っ先に脳裏をよぎったのが、スタンフォード大学の卒業式におけるスピーチだ。久々に観てみたが、いつ観ても涙が出る。そういえば、一番最後に観たのは、ベトナムで奮闘していて大変だった頃だ。その時も涙が出た。
 「(後になってから)点と点が結ばれる(結びたいと思っても結べない)」「愛することと失うこと」「死」という3つの話をしてくださった。詳細は動画を観て頂きたいが、やはり、自身の経験から絞り出された話は、説得力が違う。スタンフォード大学の卒業生への「響き方」「響く深度」はそれぞれだろう。しかし、一つ言えるのは、様々な事を経験すればするほど、彼の話がより心に響くことだろう。
 このスピーチにおける彼の名言は枚挙に暇がないが、「Keep looking, don’t settle.」「Stay hungry, stay foolish.」だけはここに記載しておこう。
 スティーヴ・ジョブス様、私は大学生の頃はMacユーザーで、現在はiPhoneを使っています。本日改めて、マーケティングとイノベーションの意味を再認識しました。どうもありがとうございました。御冥福をお祈りします。

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なぜ今年は自然が日本に対して厳しいのか。

 それにしても、なぜ今年は自然災害が立て続けに起こるのか。東日本だけかと思えばそうではなく、日本全国で自然が猛威をふるっている。自然の前ではなす術はない。おとなしく耐えるしかない。
 今となって思えることだが、震災前は、「人はいつか死ぬからね。」とか「明日死ぬかもしれないからね。」といった言葉を聞いても、率直に言って、全く現実味を帯びていないし、説得力がなかったような気がする。ちなみに、自分自身も口にした事はあると思う。戦後生まれの日本人は戦争を経験していないから、傭兵にでもならない限り、普通は、自分自身の死というものに直面する機会は少ないはずだ。しかしながら、今年はどうだ。結構現実味を帯びていないだろうか。
 ここで考えたいのは、「災害等により今までよりも死が現実味を帯びてきたので怖い、どうしよう。」というネガティブな面ではなく、災害等により今までよりも死が現実味を帯びてきたのであれば、「自分のやりたいことをとことんやってみよう。」とか「慎重になり過ぎないで、ある意味大胆にやってみよう。」といった、前向きな姿勢である。
 自然とは、人間に様々な事を教えてくれているような気がしてならない。

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とにかく動き続けること

 「決意を持続させることのできるのは習慣という怪物である。」とは、三島由紀夫の言葉である。何事も「習慣化」してしまえばクリアできるはず。しかし、その「習慣化」が難しい。現実的には、ちょっとでもいいから、サボってもいいから、行動し続けることが大切なのだろう。
 今日の夜は「走る」と決めていた。なんだかんだ理由をつけて走らない方向に行こうとしている自分がいたが、上記の三島の言葉をみて、行動に移すことにした。三島は自分に厳しく、自らの美学を貫くが、それでいて素朴で誠実な面もある。この演説を聞いた限りでも、そのことが伝わってくる。
 三島の話題はこれくらいにして、本日は月が殊のほか綺麗だ。走っている時に撮影した中秋の名月。CHINA文化の影響が残るベトナムでは、ムーン・ケイクを贈答し合うのだろう。シンガポールも同様。月が綺麗な日は、幼い頃の「お月見さん」を思い出す。母と一緒にすすきを採りに行き、団子と一緒に縁側に飾る。あの光景が何とも美しく記憶に残る。季節折々の行事はいいものだ。
 明日も走れるか。。。

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自分で作ってしまう自分の限界

 「自分は○○得意で○○苦手だ。」、「自分には○○は向いていない。」、「自分には○○しかない。」という言動は、自分が自分にかける呪文のようだ。特に幼い頃にかけたこの手の呪文は、その後の人生を、ある意味硬直化させることとなる。自分に呪文をかけてしまうのにはそれなりの理由があるものだが。
 私の場合、「自分はスポーツはできない、興味がない、向いていない。」という呪文をかけ続けてきた。お陰で、生きる上で結構役に立つ「スポーツマンシップ」というものが大きく欠如してきたような気がする。それはそれとして、この手の呪文について、呪文をかけるのも自分だし、呪文を解くのも自分であるということが分かった。「きっかけ」自体は「他者」が与えてくれるが、行動するかしないかは自分次第だ。
 本日、これまで自分の中では未踏の地であった所に踏み込んだ。スポーツの中でも最も苦手意識のあった球技、その中でも最も遠かった野球系だ。「ソフトボール」。その言葉を聞くだけでも憂鬱だった小学生時代。そのソフトボールへ、一歩を踏み出したのだ。友人らのサポートがあることが大きいが、不思議なもので、今は「苦手意識」はない。それよりも、「現状の自分が、どうすればチームに貢献できるか」ということのみを考える。守備も打撃も人並みから大きく外れる自分が頑張るとしたら、「気持ち」しかない。特に守備は、球に食らいつくしかない。この気持ちが功を奏したのか、セカンドとして、何度か球を受け止め、アウトを取ることができた。この期に及んでだが、本当に嬉しかった。
 試合後のビールが殊のほかおいしかったことは当然のことだが、本日の収穫は、「一歩を踏み出せば、少しは自分の限界を超えられる。」ということである。行動しないことには何も始まらないということだ。これを機に、スポーツに耐え得る身体づくりに目覚めたいものだ。

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New York

 2000年9月、生まれて初めての海外一人旅で訪れたのが、New Yorkだった。2001年の9.11の1年前であり、破壊されたあのツインビルを真下から見上げたものだ。次の年にはNYが大変なことになってしまったのだから、その前年に私がNYを訪れたということは、私にとってどのような意味があったのだろうか。ちなみに、2007年8月にグラウンド・ゼロを訪れたのだが、言葉では表すことのできない、異様な雰囲気を感じた。
 さて、そのNY旅行は、貧乏旅行に徹した。まず宿泊は、日本でいえば上野のような場所の、ほんとに寝るだけの宿に泊まった。壁と天井が真っ赤で、初めはほんと落ち着かなかったが、住めば都となった。次に食事は、レストランには一切行かなかった。ほぼすべて、Deliのサンドウィッチや屋台のホットドッグで済ませた。ドリンクはコーラ。移動手段は、基本は自分の「足」。疲れたら地下鉄に乗るという程度。とにかく歩いた。
 NYには多くの素敵な建造物があるが、私が個人的に一番惹かれたのは、上写真の双頭のビルだ。セントラル・パークからよく見えるのだが、古くて巨大な双頭のビルになぜか強く惹かれ、写真を何枚も撮った。NYの記憶と言ったら、実は、この古くて巨大な双頭のビルなのである。
 そういえば、NYも秋だ。曲名はベタだが、この曲は、私が最も好きな曲の一つである。

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