芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

月別: 2011年6月

ジタバタしなくてよかった...煽るのはもっとよくない...

製造業界の不満爆発で大逆転
IFRSの強制適用を先送り
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池田光史様)
 自見金融相は6月21日、2014年度からのIFRS強制適用を見送ると正式に発表した
 「2014年度からの強制適用はしません」
 日本ではもはや“既定路線”と見られていたIFRS(国際会計基準)の強制適用が見送られ、大きな波紋を呼んでいる。6月初旬、来日していたIFRSの総本山、IASB(国際会計基準審議会)のデービッド・トゥイーディー議長に対し、自見庄三郎金融相がそう断言したというのだ。
 あわてたのは金融庁の幹部たち。それもそのはずで、すでに09年6月に公表した企業会計審議会中間報告において強制適用の可能性を盛り込んでいたし、実際には今年度中に判断、3年間の準備期間を経た14年度から強制適用するつもりで動いてきたからだ。
 形勢が逆転した最大の要因は、米国のスタンスが一転したことだ。08年には、米国も14年からIFRSを段階適用していくことを打ち出していたが、今年2月には適用開始時期を1年延長、5月には米国会計基準も残す案を示し、「明らかにIFRS適用から後退した」(大手監査法人幹部)からだ。
 これを足がかりに勢いづいたのが、強制適用に反対する製造業を中心とした産業界。反対派の急先鋒と見なされている佐藤行弘・三菱電機常任顧問がまとめ、金融相や経済産業相らに提出した要望書には、新日本製鐵やトヨタ自動車、キヤノンといった大手製造業の名がズラリと並ぶ。
 さらには日本経済団体連合会企業会計部会長でIFRS推進派の島崎憲明・住友商事顧問がそのポストからはずれたことも「反対派に追い風となった」(関係者)。
 加えて、「国民新党の自見さんは、時価会計のIFRSを小泉・竹中路線の一環だと思っているフシがある」(政府筋)。こうした政治的な思惑も重なり、震災の影響を口実に突如、“反IFRS”に舵を切ったというわけだ。
 確かに産業界からは、かねて金融庁の強引なやり方に対する不満の声が上がってはいた。IASBの理事ポストを1席得ていた金融庁は、「なんとしてもポストを死守するために強制適用を実現したかった」(金融庁関係者)。
 前出の佐藤氏も、「米国でもどの項目を近づけるか見直しが進むなか、日本ではまだ議論が十分なされたとはいえず、14年度からの強制適用など間に合うはずがない」と強調する。
 金融庁は月内にも企業会計審議会を開催、IFRSを強制適用する場合でも5~7年の移行期間を設ける方針。だが見誤ってはならないのは、IFRSをめぐる欧米の駆け引きだ。仮に米国がIFRS適用を見送っても、米国基準がIFRSと同様“世界基準”に位置づけられるのは間違いない。
 だが、日本は違う。市場は日本基準のまま開示する企業を“二軍”と見なす可能性が高く、引き続き欧米の動きを注視することが求められる。

Continue Reading

スタンバイ & いつでもできること

 「いざその時(=チャンス到来)」の力となるのは、心身ともに健康と基礎的知識である。ある意味、受験対策と同じかもしれない。変に応用問題ばかり手を出して基本がおろそかになれば合格できない。「食」や「情報」に関して言えば、世の中には、安かろう悪かろうのものが氾濫しすぎである。そんなものにはお金を出したくない。
 というわけで、「なるべく」、自炊と運動を心がけている。特に週末はコントロールしやすいので、自炊と運動。昨日から夜の30分のウォーキングを始め、今日で2日目だ。いつでもできることを、いつもやり続けるのは、自分との闘いである。最近つくづく思うのは、あらゆる事象が結局は「自分との闘い」に収斂していくということだ。っていうか、そうなる生き方を選んだのだから、当たり前なのかもしれないが。

Continue Reading

どんどん捨てろ。

 中学生の頃の情報収集手段としてお世話になった「Hot-Dog PRESS」。主にファッションに関する情報を仕入れていたのだが、一方で、北方謙三さんの「青春相談 試みの地平線」も楽しませて頂いた。とにかく、相談してくる悩みと、その悩みに対するアドバイスがしびれるのだ。時には、そのアドバイスを受けた相談者はさらに悩んでしまうのではないだろうか、と思われるようなアドバイスもあったものだ。
 さて、以前からやろうと思っていたことを、BOOK OFFさんの力も借りて本日遂行した。北方謙三さんから「どんどん捨てろ。」とのお告げがあったかのように。本はどんどん陳腐化する。特に専門書はしかり。ずっと持っていても意味がない。辞書的に使える本やバイブル的な位置付けの本なら持っている価値はあるだろうが、それ以外のものはさっさと処分してしまった方が良い。大体、本を買う時は、絶対に必要だからその本を買うことよりも、興味本位で買う事の方が多い。だとしたら、興味心を満たしたならば、エッセンスをノートにメモするなどした後に、その本を処分するのが良いだろう。
 自分の場合、本購入の出費は惜しまないのだが、それにしても、財布の紐が緩すぎたことを反省している。「もっと自分の頭で考えないと。」と感じている。本以外のモノに関してもしかりだった。必要なもの、使用頻度の高い物は、もう決まっている。自分の趣向は十分知りつくしている。体の肉もモノもリストラが必要であり、これからどんどんリストラをしていくつもりだ。

Continue Reading

30%以上の共感があればよい。

 ある程度長い期間人と付き合っていると、その人の良いも悪いも見えてくるものだ。出会った当初はお互いに緊張し、気を遣い、一定の距離を保とうとする。ところが、時の経過に伴い、いい意味でも悪い意味でも、「慣れて」しまうのだ。「慣れ」は、時として「甘え」に繋がる。「甘え」が絶対に悪いとは言わない。時として甘えられるのもいいものだし、自分だってどれだけ人に甘えてきたか。ただ、「甘え」が度を超すと、人間関係がぎこちなくなってくる。ぎこちなくなって耐えられなくなった人間関係は、いずれ終わるし、終わりにすればよい。
 この点、最近の気付きは、「商売」が絡んでくるとそうはいかない、というか、そう悪くもないということだ。商売上もプライベート上も長年付き合っていると、お互いに、自分の状態によって「甘え」が見え隠れするものだが、ある一時ぎこちなくなったとしても、修復されることが多い。これは、お互いに、商売上の微妙な計算をしているからに他ならない。ただ、それは決してドライなものではなく、自分のしでかしたことに自ら気付き、反省し、修復することを「選択」したということだ。
 これまでの記事で、善い悪いの二元論で物事を判断することの危険性について述べてきたが、人間力に関する師匠O氏によれば、「人間関係において、30%の共通点・共感があれば、よしとしようではないか。」ということだ。その通りだと思う。それ以上を求めるのは人に期待しすぎであり、ろくなことにならない。独立すると、この辺のことが非常に勉強になる。

Continue Reading

人と仕事をするということ

 独立前は営業などしたことがなく、ひたすら実務の遂行だった。その後独立し、なんと、ベトナムという異国の地で営業をすることになった。思えば、この異国の地での経験が今の自分には大きい。そりゃあ、営業をしてすぐ仕事に繋がれば嬉しいが、そういうケースはごく稀だ。
 そんなことよりも、「営業」を単なる受注ルート開拓と考えない方が良いように思える。私なりに考えているのは、「営業」は、「人と会って話をすることにより、その時間と情報を共有し、結果として仕事があれば、嬉しさはひとしお。」ということを経験することだ。大学生の時、就職活動中の先輩の女性が、「就職活動は楽しい。」と仰っていたのが印象的だ。その先輩は結果的に超優良企業に就職した。その先輩の就職活動に対するそのようなスタンスが良い結果を生んだのではないだろうか。一方、「ナイト・セールスで~す!」などと言って夜にマンションなどの営業をしてくる営業マンが世の中にはいる。どこかで名簿を手に入れ、数で勝負しようとしている方々だろう。悲しくなる。
 さて、嬉しいことに、久々に以前いた会社の上司とお会いしたのだが、まず嬉しいのは、辞めていった者に対しt、お忙しい中時間を割き、会って話をしてくれたということだ。会ってくれた理由は本人にしか分からないが、以前一定期間一緒に仕事をしていたことが理由であることは否定できないだろう。1時間半も話をさせて頂いたが、なんとも嬉しい限りである。今日のこの出来事ひとつとってみても、「仕事」とは、非常に奥の深いものである。

Continue Reading
Continue Reading

覚悟と行動

 ここ2ヶ月ほど、遠洋漁業のようなスタイルの仕事をしていたため、生活スタイルも画一化し、思考が停止していた。Blogを書く時間自体はあったのだが、どうもBlogを書く気分にならなかった。思考停止で「思うところ」がないのだから、やむを得ないと言えばやむを得ない。ようやくほぼリリースとなったが、気が付けば暑い夏となっている。今週は、午前中は客先にいることが多いのだが、移動だけでも体力が消耗するくらい暑い。例年の6月はこんなに暑かっただろうか。電力の需給が気になるところだ。
 思考停止していたと言っても、潜在的には思考していた。2ヶ月の遠洋漁業の生活スタイルとはいえ、そんな生活の中でも様々なことが起こった。つくづく実感したのは、公認会計士を取り巻く外部環境の変化の速さだ。10年くらい会計士をやっているが、新人の時はもっと牧歌的で変化のスピードは今よりも遅かった。ところが、特にここ3年の変化のスピードは尋常ではない。安心して乗っかっていられるものなどない。自然現象に例えれば、それまで何十年も氷河たりえた山の氷河が、気温の上昇により溶けだし、もはや氷河たりえなくなったかのようだ。溶けだした氷河の上にずっと座っていたのでは、氷河がいずれ溶けてクレバスに落っこちてしまう。我々の仕事は、クライアントの状況に左右される。平たく言えば、クライアントが儲かっていれば我々も潤うが、クライアントが厳しい状況にある場合は、我々も厳しい状況になる。最悪のケースでは、その仕事を失うことにもなる。
 以上から、もはや今後は、外部環境は刻々と変化するのだから、現時点では好調な商売も、またたく間にコモディティ化する。もう時代が違うのである。「北の国から」で大金を失った黒板五郎が言っていた。「すっかり忘れていた大きなものを俺は見つけた。金があれば金で解決する。しかし、金がなければ、知恵だけが頼りだ。知恵とてめえのパワーと。」と。なんとたくましく大きな男だろう。彼の言うことは、まさに現在の状況に当てはまる。今後生きていくためには、常に自分の知恵とパワーを頼りにしながら、自分を磨いていくことでしか対応できない。この覚悟と、具体的な行動ができるか。要は自分との闘いである。この自分との闘いに勝つか負けるかは、要は諦めるか諦めないかだ。これは善い悪いの二元論ではない。どちらでもよい。負けたのなら、負けた自分を受け入れ、「負けた」ということを重々認識の上、新たな道を模索すればよい。ただ、どうせなら勝ちたいものだ。自分との「いい」闘いをするため、心身ともに健康に配慮し、闘っていきたいものだ。
 さて、今日も朝から暑いが、これから客先に出向くこととしよう。

Continue Reading