芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

月別: 2011年5月

いい言葉①

 『行き詰まるから、新しいことができる。』
その通りかもしれない。ある先輩会計士S氏も、ある意味同様のことを仰っていたのを思い出した。不退転の決意で、崖っぷちに立てば、そこから脱するしかない。秋元康氏は、「壁は乗り越えるのではなく、壁に沿って走り続けろ。」と仰っていた。
行き詰まりはチャンスだ。

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Dream a little dream of me

 JAZZピアノの演奏技術習得に奮闘している。結局のところ、Codeを知っているかどうかだ。あとは、音の押さえ方のセンスだろうか。とりあえず、楽譜を見ないで、気に入った曲を繰り返し何度も何度も聴いて、自分の耳を基にCodeを探るのだ。夜中に練習することが多いのだが、Code進行に行き詰ると、殊のほかストレスが溜まる。夜中にそんなことをやっているのだから、暗いと言えば暗い。しかし、いつか、どこかのラウンジで演奏することを夢見て。
最近ハマっている曲は「Dream a little dream of me」です。PianoとVocalの主は、おそらくSingaporianの子供だと思うが、センスがよいのにびっくり。
歌詞も↓。
Stars shining bright above you
Night breezes seem to whisper I love you
Birds singing in the sycamore tree
Dream a little dream of me
Say nighty night and kiss me
Just hold me tight and tell me you’ll miss me
While I’m alone and blue as can be
Dream a little dream of me
Stars fading but I linger on dear
Still craving your kiss
I’m longing to linger til dawn dear
Just saying this
Sweet dreams til sunbeams find you
Sweet dreams that leave our worries behind
But in your dreams whatever they be
Dream a little dream of me
Sweet dreams til sunbeams find you
Sweet dreams that leave our worries behind
But in your dreams whatever they be
Dream a little dream of me

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わかってしまうこと。

 人間は分かりやすい。一見するとムズカシイ人もいるが、その言動の意味を素直に捉えてみれば、分かってしまう。人は自分が安定していなくてイライラする時、何かターゲットを見つけてそのターゲットを攻撃することがある。ターゲットが「自分」の場合もあるし、「他人」の場合もある。「お陰様」「そういえば自分も・・・。」という気持ちがあれば、人を攻撃しないはずなのに。。。わかってしまうのである。
 自分の周りでも、やはり大震災の影響なのか、イライラしている人が多いと感じている。イライラすると、やはりはけ口が欲しいのでしょう、なんだか感じの悪くなる人がいる。要は気性に波のある状態である。自分は肩肘張っていないつもりで、どんな組織(2人以上の集団)に属しても同じキャラクターになる。そのせいなのか、良いも悪いも、周りの人たちは素直に感情を吐露して「くれる」人たちが多い。いちいち気にしていないのだが、その都度思うのは、「あぁ、何かにイライラしているのだな・・・。」ということだ。「ゲーム理論」における一種の「ゲーム」をやっているのだ。その「ゲーム」には「カモ」が必要だから。わかってしまうのである。
 そういう場合は、全否定をせず、肯定もしないのが一番だ。のらりくらりと。

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『不安』に気付き、『不安』と向き合う

 東日本大震災発生から2ヶ月が経過した。原発事故解決のPLANが発表された矢先に、第1号機におけるメルトダウン、作業員の死亡等、ネガティブな事象が発生している。身近な例では、体調を崩している方が結構いる。咳がひどい人、胃腸の調子がよくない人、いらいらしている人。いずれも、何らかのストレスが影響していることは間違いないだろう。そういう私自身も、気を抜くと過食気味になっている。特に甘いものやこってりしたものが食べたくなる。
 ストレスは『不安』につながると言っても過言ではないだろう。上のイラストのように、頭を抱え込むほど『不安』が顕在化している場合もあれば、無意識の『不安』がある場合がある。私はたまに愚問をする。知り合いと話をしている時に、「いま何か『不安』なことはある?」と。世間一般の『不安』要素を素直に答える人もいれば、意外と多いのが、「いや~、別に『不安』はないかな~。」という答えだ。
 そういう自分は、仕事の関係で最近は規則正しい生活を送っており、『不安』を感じない時間が多かった。その仕事に取り掛かる前は結構『不安』にやられていたのだが、いまはそうではない。不思議に思ってちょっと考えてみたのだが、『環境』がそうさせているということが分かった。ほぼ思考停止となっているのだ。環境はやはり重要である。独立開業をすると、ある意味、『不安』と一生ともにしなければならない。それは言いかえれば「生きているということの実感」なのであるが、あまり色々と考えてしまうと委縮する。動きが鈍くなる。やってできないこともない事でも、やれなくなってしまう。
そういえば、
①寝起きが悪い
②行動に移るまでのアイドリングが長い
③集中力が持続しない
といった現象は、すべて『不安』からきているのではないか、という気付きもあった。しかもその『不安』は、まだ顕在化していない、未来に関する『不安』なのであるから、たちが悪い。何か解決しなければならない事件が起こり、それに関して『不安』な場合は、むしろ自然にモチベーションが上がり、自然に行動に移るものだ。そういう時の方が、解決に向けて頭が回り、行動力があるものだ。間違いない。
 そうすると、未来のことに関する漠然とした『不安』は、考えても仕方がないし、考えない方がよいという結論に至る。あれこれ思い悩む前に、一歩を踏み出すことが大事だ。一歩を踏み出してしまえば、クリアできるはずだ。

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Debussy, Claude Achille

 高校生の頃から大好きなドビュッシー。「月の光」がどうしても弾きたくて、数ヶ月かけて独学で練習し、弾けるようになった。心を込めて弾く月の光に、自分で弾いて自分で涙したこともあった。ところで、ドビュッシーの音楽は大好きだが、ドビュッシーの人となりは全く知らなかったことに気付いた。たまたま、いつも参加させて頂いているO氏のクラシック音楽講座でドビュッシーを取り上げると言うので、参加させて頂いた。時代背景、女性遍歴とともに、かなり勉強になった。ますます好きになりそうだ。
 1862年フランスの サン=ジェルマン=アン=レにて商家の長男として生まれた。家系に音楽家はなく、音楽教育は9歳の時(1871年)にポール・ヴェルレーヌの義母モテ・ド・フルールヴィル夫人から本格的に始まった。翌1872年、彼が10歳の時にパリ音楽院への入学が許され、13歳のころにはピアノコンクールで一等賞を獲るなど頭角を現す。1880年(18歳時)、パリ音楽院のピアノ伴奏クラスで一等賞を獲得し、チャイコフスキーのパトロンでもあったメック夫人のピアノ伴奏者となる。さらに声楽家モロー=サンティ夫人の伴奏者となり、さらにヴァニエ夫人と知り合って、一般教養や文学、歌曲に対し多大な影響を受ける。1884年22歳の時にカンタータ「放蕩息子」がローマ大賞を獲得し、翌1885年(23歳時)にイタリアへ留学。しかし、そこでの生活に飽きたために2年で帰国。
 その後次第に象徴派の詩人たちとの交流が深まる。1889年(27歳)、パリ万国博覧会で東洋の音楽に接し、衝撃を受ける。1894年「牧神の午後への前奏曲」を完成させ、印象派の扉を開く。1905年(43歳)、リリー・ドビュッシーと離婚し銀行家夫人エマ・バルダックと同棲、愛娘クロード=エマ(シューシュー)誕生。 1914年7月、第一次世界大戦勃発。1915年(53歳)、癌の手術を受ける。1918年3月25日(55歳)、直腸癌のため死去。11月に第一次世界大戦終結。
 ドビュッシーの音楽は、古い伝統的なスタイルの殻を破り、自由に光と影が綾なす色彩に音楽を開放した。このことは伝統的な、すなわちドイツからの影響を受けたものとは相反することとなった。次第にワーグナーに敵対心を持つようになり、後年勃発した第一次世界大戦により、彼のドイツ嫌いは決定的となった。1911年(49歳)にストラヴィンスキーに出会い、彼を含め後世に多大な影響を与え、今では現代音楽の始祖と呼ばれることを不動のものにしている。

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南会津で思う

 山肌にはまだ雪が残る南会津。なんとものどかな風景。ここがあの福島とは思えないのだから、なんとも複雑な心境である。
 本日は、車の愛好家達と、この南会津で農業を営んでいる同じく愛好家Iさんの自宅を訪ねた。5:00AMに蓮田SA(下)で待ち合わせだ。本来は5月1日の予定だったそうだが、あいにくその日は天候に恵まれず、本日になった。9:00PMには眠りにつき、2:30AMに起床した。自宅から蓮田SA(下)までは30分強。少し早めに起きたので、家事を一通り済ませた。
 愛好家の皆さんとツーリングに行くのは正月以来だ。最近は仕事が立て込んでおり、リラックスする機会がなかったので、とてもよい機会だ。なにより、愛好家の皆さんと車談義をしたり、冗談を言いながら過ごすのは楽しい。愛好家のみなさんには、いわゆる「一人親方」のような方が多く、多くを語らずとも勉強になることは多い。Iさん宅に到着すると、ありがたいことに、既にバーベキューの準備がしてあった。マトン、地元特製のタレ、地元の野菜等々。残念ながらビールは飲めないが、とにかくおいしくいただいた。
 思えば、ここは福島県。とくに被害のひどい浜通りとは状況が全く違い、のどかだ。どのように表現して良いかわからないが、この差は何なのだろうか。
 いずれにせよ、本日はリラックスさせて頂いた。ありがとうございました。

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