芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

月別: 2010年11月

「至誠一貫」・「堅忍力行」~誇り~


 
 画像は我が母校の校是である。最後の将軍・徳川慶喜揮毫である。しかしながら、第二次世界大戦の空襲で焼失してしまったそうだ。「至誠一貫」とは、「誠実に生きる」ということであろう。孟子の「至誠にして動かざる者は、未だ之れあらざるなり。」からきている。
 徳川慶喜は、天保8(1837)年、水戸家・徳川斉昭の7男として江戸小石川に生れ、翌年より幼少時を水戸で過ごす。父斉昭が天保12年に創建した藩校・水戸弘道館にて11才まで学ぶ。慶応2(1866)年、第15代将軍宣下。翌年大政奉還を上表、将軍職を辞す。慶応4(1868=明治元)年4月、江戸城無血開城。同時に水戸に退去、弘道館・至善堂にて謹慎。
 ちなみに、もうひとつ校是がある。それは「堅忍力行」だ。「強い意志をもって困難を耐え忍び、努力して実行すること。」だ。これも素晴らしい。困難が伴うであろうが、自分に対しても他人に対しても、「至誠一貫」と「堅忍力行」を意識していれば、充実した人生が送れるであろう。

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S文庫

 私のお気に入りの場所がある。故S元水戸市長のメモリアル・プライベート図書館である。彼は政治のみならず、芸術にも造詣が深く、度々小澤征爾氏等の一流の音楽家が訪れてはコンサートを開いているようだ。彼の蔵書とCD等は半端ない数だ。水戸市の中心から少し離れたところにポツンと、モダンな建物と庭があり、静寂だ。隠れ家的な場所だと思っていたが、最近は認知度が格段に上がったのか、学生たちの自習室的側面が強いのが少し残念だ。ただ、将来の水戸市・茨城県を背負っていく学生たちが一生懸命勉強しているのだから、ある意味望ましいことだ。
 思えば、ここで公認会計士第三次試験の勉強をしたものだ。強引に1カ月以上の休暇を取り、実家に寄生(敢えてこの字)しながら毎日ここで勉強をしていた。興味深い再開もあった。高校生時代の親友のIと再開した。Iは病気を患いながらも、司法試験の勉強を孤独に続けていたのだ。Iは大学卒業後もしばらく東京で司法試験の勉強を続けていたのだが、病気を患ってからは実家に帰り、このS文庫で勉強していたのだ。結局彼は司法試験を断念したのだが、現在はたくましく東京で生きている。最近一児の父になり、先月は私の慰労を兼ねてゴルフに行った。友達はいいものだ。
 そんなことをふと思い出しながら、今はセミナーの資料を作っている。

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幸福論④

 いつも考えてばかりだと疲れてしまうが、やはり、「幸福」については、折を見て考える必要がある。そう考えたきっかけは2つ、今日の出来事だ。
 1つ目は、銀座での出来事。今日は久々に買い物をする日と決め、買い物リストを基に、午前中から買い物をした。最近は以前のように物欲で何かを満たすことはなく、つまり、物欲を満たすことでは幸福は得られないことに気付いたので、必要なものしか買わない。なので、銀座で買い物をすること自体が久々だ。私にとって銀座といえば、テイジンメンズショップ。社会人になって以来、服は大体テイジンで購入しており、そこの名物店長I氏には、服のことのみならず、時には男の生き方のようなものを教わっている。I氏は銀座で数十年、様々な男性を見てきている。服のアドバイスとフィッティングは的確で、私がどのようなものが好きかを熟知している。また、社会人になって以来の私の生き方を見てきている。そんなI氏に会うのは半年ぶり位なのだが、私の今年最大ともいえる出来事を、ちょっと余計なことも言いつつ報告したところ、「『幸福な生き方とは何か』を追求しなさい。」とのことであった。I氏とここまで距離が縮まっていたのかと多少嬉しかったし、もう義理(『たまには顔を出さなきゃな。』と思い込んでいた。)のような感情を持つ必要がないことを感じて楽になった。これまでにもう散々ファッションには金をつぎ込んできたので、もういいんじゃないの、ということだ。もう「実質」のみを追求する時が来たのだ。あと、仕事の面で、「仕事は順調なの?」と聞かれたので、「いや~、まだまだ理想には程遠いです。」と月並みの回答をしたのだが、「そんな、その歳で理想の形になるなんて無理だよ。逆に理想の形になっていたら、気味が悪いよね。」とのこと。ははぁ~っ、仰る通り。
 2つ目は、NHKスペシャル。ヒマラヤのチベットの天空の集落で暮らす人々は、生活必需品を買うために、標高4,600m以上の山々を行き来するのだが、行き来する道は絶壁を崩して細い道にしただけの道であり、人と馬がやっと通れるほどのものだ。ちなみに、馬を使うようになったのは7年前とのこと。これまでに数え切れない人と馬が亡くなったそうである。主人公は妻のために洗濯機を街で買って集落まで運ぶ男性なのだが、インタヴューに対し、「一生この運搬を続けたい。塩とお茶さえあれば生きていけるし、馬が4頭いるので、私にはこれ以上望むものはない。」とのことであった。清らかな目で真剣に語っていたのが印象的であった。僭越ながら、最近は、人の目を見ればおよその人となりが分かるようになってきた。「『自然に』清らかな目」をしている人は、自分自身を知り、自分の幸福を探し当てた人だと思う。
 ネガティブな感情が湧きおこり、「今、自分は幸福ではない。」と感じる時、人は既にある幸福を忘れ、言い訳をし、人のせいにする。すべては自分に原因があり、責任があるのに、人に求める。物に求める。さらなる要求をする。きりのない要求をする。そんな時こそ、「今ある幸福」を再認識し、感謝するのが一番だ。「感謝、感謝」などと口先ばかりの感謝など必要ない。何か問題が生じ、今ある幸福を再認識した時に感謝できれば、それでよい。

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「世界中をつなぐ日が、きっときっと、やってくる」

 先日の記事で紹介した「青葉の歌」のには、「世界中をつなぐ日が、きっときっと、やってくる。」、「世界中のみんなの手を、もっともっと 固く結ぶ。」という歌詞の部分がある。当初は若干違和感があったのだが、作詞者を調べてみると、その訳が理解できた。作詞者は小森香子先生であり、「きらめく青葉の描写を通して、世界平和と人類愛を訴えかける」という強いメッセージが込められている。なお、小森香子先生は、東京原水協、日本平和委員会理事、日本子どもを守る会理事などを務めた平和活動家であり、非核ソング「青い空は青いままで子どもらに伝えたい」の作詞者としても知られているそうだ。
 実現可能性や各論は考えないものとして、この力強い歌詞を形に表すこととして、是非やってみたいことが2つある。1つ目は、通勤ラッシュ時の京浜東北線のある1両の車両を「合唱列車」にし、毎日毎日、各パートずつ練習をし、最後はみんなで大合唱を行うというものだ。移動のためにたまに京浜東北線を利用するが、朝の京浜東北線の雰囲気は重い。誰かがクレームの口火を切れば、一気に気持ちが沈む。しかし、本当は乗車しているみなさんは、日々仕事やプライベートを頑張って生きている人達だと思う。各人の人生には様々な出来事があり、様々な思いがあるだろう。しかしみなさん頑張って生きているからこそ、朝京浜東北線で移動しているのだ。だとすれば、「合唱列車」で熱唱し、いい気分になったところで、皆が皆を送り出してあげれば、その日のパフォーマンスは格段に上がると思うのだ。日本が明るくなるのではないだろうか。
 2つ目は、国民全員とは言わないが、すべての国の皆で手を繋ぐという行為だ。たしか、どこかの大学の先生が開発した装置で、その装置を皆でつかんで何かすると音が鳴るというものがあったと記憶している。すべての国の皆が手を繋ぐことができれば音が鳴る仕組みにするのだ。「だから何?」と自分でも思ってしまうが、「思いを形にする」ことも重要ではないだろうか。
 掲載写真で伝えたかったこと。掲載写真の主人公は「Datsun Roadster 1967 1/2 original Sun Visors(サンバイザー)」である。日本で血眼になって捜したがみつからなかった、1967年当時物である。ネットやメールを駆使し、ようやくアメリカで見つかったのだ。彼も私と同じ車をこよなく愛する方で、それを生業にしているのだ。とても気持ちの良い方で、レスポンスが早い。信頼できる方だと思う。つまり言いたかったのは、材料は何でもよい、強い気持ちがあれば国境は関係ない、ということである。

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推計課税訴訟における民訴法第312条の文書提出義務について

1  所得税及び法人税における推計課税とは、税務署長が更正又は決定をするに当たって、直接資料によらず、各種の間接的な資料に基づいて推計により所得金額を認定する方法をいう。
 本来所得税及び法人税は、納税義務者の申告により実額に基づき課税標準及び税額等が確定するものであるが、納税者の帳簿書類の不存在又は記帳の不備、税務調査に対する非協力等によって実額が把握し得ない場合、課税庁は所得金額を推計し、更正又は決定せざるを得ないこととなる。この場合、課税を放棄することは、租税の公平負担の観点から許されない。ゆえに、ここに推計課税の認められる根拠があると解されている(1)。
 そこで、所得税法156条は「税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(略)を推計して、これをすることができる。」と定められており、法人税法においても131条に同様な規定が設けられている。しかし、租税はそもそも担税力に応じて公平に負担がされるべきものであることからすれば、このような実体法の定めをまつまでもなく推計による課税は当然に許されるものと解される(2)(ただし、推計課税の必要性の観点からは種々論じられているが本稿においては割愛する。)。
 なお、所得税法及び法人税法のいずれにおいても、青色申告者に対しては実額課税のみが許され、推計課税は許されていない (所得税法156条、法人税法23条)
2  推計の方法については、両法とも「財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模に」より各種所得の金額等を推計することができる旨定められているが、納税者の経済活動は、極めて複雑多様なものであって、特定の推計方法によってのみ認識し得るものとすることは合理的とはいえず、同規定に掲げる方法は例示にすぎないものと解されている(3)。
 課税実務における推計方法の主要なものとしては純資産増減法、比率法、効率法及び消費高法等があるが、これらの方法のうち、より多く用いられる方法は、比率法又は効率法であるが、両法を併用して用いることもある。
 文書提出命令の申し立ての対象となった課税処分取消訴訟の多くは「比率法」 によったものであり、その中でも「同業者率」によるものである。この方法は、当該納税者と業種が同一で、業態、事業規模、立地条件等において類似性のある同業者を選択し、その所得率、差益率、経費率等の平均値を算出して、その率を用いて当該納税者の所得金額を算出する方法である。
3  同業者率による所得金額の推計に当たっては、納税者と業種、業態、事業規模、立地条件等の類似するいわゆる同業者の売上原価率、所得率等(同業者率)を把握しなければならない。そこで、同業者率を把握、算定するためには、納税者の事業地の近隣地域の同種事業者の中から営業規模その他業態の類似する者を調査、抽出する必要がある。そのための資料として、数値その他の資料としての正確性、調査の容易性から、通例は、各税務署長が青色申告者から提出を受け保管している青色申告決算書を用いることとなる。この意味で青色申告決算書は、課税庁が推計課税を行うに当たっての重要な資料の一つであり、多くの事案においては、これを利用することなく合理的に所得金額を推計することは、極めて困難なものといえる。一方、このようなやむを得ない事情により、青色申告決算書を利用して同業者率を算定せざるを得ないこととなるが、そのための基礎数値を公表することは、各申告者の営業上の秘密やプライバシーを侵害することにつながる危険性を包含しているものといえる。そこで、税務署長は、守秘義務遵守の立場からその利用に当たり、その危険性が現実化しないよう細心の注意が必要であり、その際の大事な点は、同業者(青色申告者)の匿名性の確保にあるものといえる。すなわち、所得計算の基礎数値が公表されても、その申告者が誰であるかが特定されない限り、営業上の秘密やプライバシーへの侵害は生じないものといえる。そこで、被告としての税務署長は、このような見地から、課税処分取消訴訟において、同業者率の正確性とその適用の正当性を立証するため、申告者の住所、氏名その他の固有名詞を削除した青色申告決算書の写しを書証として提出していた。このような方法によったのは、削除措置により同業者の匿名性が維持でき、守秘義務に反することにはならないとの判断によったものであった。しかし、青色申告決算書には税務署長側が立証しようとする事項以外にも、例えば従業員数、専従者の年齢、償却資産の内容等沢山な情報が記載されており、また、青色申告決算書自体の筆跡から、申告者の特定が可能になる場合があり、その後、現に、具体的訴訟事件において原告側が、青色申告決算書の写しに基づく調査により、申告者を特定し得たとする事例が散見されるようになった。しかも、その同業者と名指しされた者が、原告側からその事業内容等につき調査されたりして困惑するという事態が生じるに至った。、このような事態は、申告者の住所、氏名等を削除しても、その匿名性が維持できないことが少なくないことを現しているものといえる。さらに、このことは、課税庁がこのような形で青色申告決算書を書証として提出することは、守秘義務に違反することを示しているものといえる。
 そこで、課税庁としては、守秘義務違反になるおそれがなく、しかも、同業者率の正確性、その適用の正当性の立証として必要かつ十分な書証として、国税局長の発した一般通達に基づき、青色申告者のうち選定条件を充足する者の決算項目中、売上金額、売上原価、一般経費等の同業者率算定に必要な数値を各税務署長が青色申告決算書及びその他の資料に基づき調査し、報告した文書(「同業者調査表」)を提出するに至った。
4  推計による課税処分について、納税者側から課税処分取消訴訟が提起され、その訴訟中において推計の基となった同業者の類似性、文書の成立及び内容の真偽の確認等を理由として、推計の基となった類似同業者の青色申告決算書等の原本、青色申告決算書等の隠ペい部分を開示した文書又は固有名詞等の隠ペいされていない同業者調査表、さらには、所得調査書や反面調査書等の文書提出命令の申し立てがなされ、当該文書の民事訴訟法(以下「民訴法」という。)312条各号に定める文書該当性、各税法等に定める守秘義務該当性が争われることが近年著しく多くなった。
5  民訴法312条に定める文書提出義務の規定の趣旨は、文書の所持者である当事者及び第三者の文書提出義務の原因について定めたものである。この義務は、申立人に対する私法上の義務ではなく、国家に対する公法上の義務であるといわれている。それは、文書を証拠として使用することにより、事実認定の適正を図ることが、裁判制度の適切な運用の基礎となることから、国民の義務として文書提出に協力すべきことを認めたものである(4)。したがって、文書の所持者が任意に提出することを期待していては、その提出が得られない場合に単に挙証者の立証の途を閉ざしてしまうことになりかねないという挙証者の利益のみに基づくものではないと解されている(5)。
6  本稿においては、推計による課税処分の取消訴訟において文書提出命令が申し立てられたものについて、昭和45年以降の決定例(70件・抗告審等を含む。)を概観することにより、文書の所持、引用文書、引渡又は閲覧を求めることができる文書、利益文書、法律関係文書及び守秘義務等について分析検討を加え、推計による課税処分の取消訴訟における文書提出命令の申し立てと申告納税制度における文書提出義務の関係について解明を試みたものである。
(推計による更正又は決定)
所得税法第156条 税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(その者の提出した青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。)を推計して、これをすることができる。

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球体=自然体

 「地球の出」は好きな写真の一つだ。地球の出は、「昼」と「夜」、すなわち、「陰」と「陽」を示している。換言すれば、物事の捉え方を端的に示しているのだ。
 最近、「これは無駄だな。こんなことばかりしていては、自分の首を絞めることになる。しかし、そのことを指摘すれば角が立つ。」ということ(以下「Xの問題」という。)があり、すこし悩んでいた。当事者に言うべき言わざるべきか。結局言わずに済んだのだが、その理由は、「あながち無駄ではない。」ということが分かったからである。というのも、実は、Xの問題について悩む以前に、「Zの問題」という根本的な問題があり、このZの問題を解決する上で、どうもXの問題がネックになっている、と思い込んでいたのだ。したがって、まずはXの問題を解決しなければならないと躍起になっており、それが目的となっていた。ところが、そもそも、Xの問題があろうがなかろうが、Zの問題が解決されれば良いわけである。そこを忘れていたのだ。そうこうしているうちに、実はXの問題も「問題」というネガティブな一面も確かにあるが、時にはポジティブな一面もあることを再認識できたのである。むしろ今回は、Xの問題にやむなく向き合っているうちに、Zの問題に関する何らかの糸口が見えたのである。
 長くなったが、つまり、物事を「良い」「悪い」の二元論で捉える事が正しいとは限らないということである。「地球の出」の写真のように、球体に憧れる。球体は「自然体」だ。人間も、いつも自然体でいられたら、どんなに楽だろうか。惰性で生きるのは悲しいが、自然体で柔軟に生きることができれば、争いは少なくなるだろう。

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迷い~何に迷うのか~

 「労力」=「経験」としよう。「経験」と「報酬」の兼ね合いをどうするか、迷うところだ。現在、ある仕事の引き合いがあるのだが、報酬的には厳しい面がある。
 おそらく、この仕事は引き受ける。クライアントは外国人。英語でのコミュニケーションで、会計システム、法人税、消費税、所得税のあらゆる会計・税務マターに関与することになろう。大変な面もあろうが、貴重な経験になりそうだ。ここはひとつ、飛び込んでみるのがよいのか。
 迷ったら飛び込んできたのが私の人生。大怪我をしない程度に飛び込むのだろう、きっと。

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夜の魔力

 夕方や夜というのは不思議なものだ。昼間の事象に特別な効果を与える。中学の時の美術の先生がおっしゃった。「夕方に自分の顔を見なさい。一番いい顔をしているはずだ。君たちの自画像を夕方に描いてきなさい。」と。
 写真の「貴婦人(Fairlady)」も、夜になると昼間と違った魅力を露わにする。この車は単に「走り」だけを志向していない。たしかに、Fairlady2000ともなると、じゃじゃ馬と言われるように、走りを追求している面が強い。しかし、そもそものデザインはFairlady1500であり、Fairlady1500と1967年式の前期型のFairlady2000とでは、そのデザインが訴えかける点で、共通している。優雅さと言えば言い過ぎだが、往年のスポーツカーを彷彿とさせる何かがある。
 いずれにせよ、夜の貴婦人は素敵だ。

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青葉の歌

 「合唱」に対する興味が止まらない。ひとたびYou Tubeで検索が始まるともう止まらない。
 またいい曲を見つけてしまった。「青葉の歌」だ。いい曲なんだけど、若干思いが強い。いずれにせよ、若者が歌うこの「青葉の歌」は、エネルギーに溢れている。
 演奏はどこかの中学生だ。断わっておくが、●●コン趣味はない。あくまで「合唱」に興味があるのだ。演奏技術的にはもっと上がいるかもしれない。しかし、演奏技術の高い演奏が「いい演奏」とは限らない。大切なのは、「訴えかける何かがあるか」だ。僕は、まず、この指揮者は素晴らしいと思う。何を伝えたいかが伝わってくる。僕はこんな熱い演奏が好きだ。
 あ~、いつか合唱の指揮がしたい。

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Memory of Smile

 ここがどこかわかるだろうか。なんだか、北アフリカの某都市を地中海側から眺めたようにも見える。実はお台場だ(すぐ分かった方もいるだろうが)。
 ふと夜の海が見たくなったので車をとばした。しかしひとつ失態が。ガス欠になりかけていた。気がつけばフューエル・メーターがエンプティを指したまま1時間近く走っていたので、さすがに青ざめた。親切な方がいて有明にあるガソリンスタンドを教えてくれて、そこでガソリンを入れてから、再びロマンチスト・モードに戻った。
 男はロマンチストだ。繊細だ。時には女性よりも。今日の夜、海が見たくなったきっかけは、「Memory of Smile」という曲。大野雄二さん作曲で、山田康雄さんがルパンの声で歌っている。秋のよい季節だし、車も調子がよいので、この曲を聴いていたら、ふと海が見たくなった。しかし、お気に入りの場所に着いたら、ガキどもがバイクの修理と試運転をしていてうるさい。これが船の汽笛だったら。。。
 そんなわけで、タバコを1本吸っただけですぐに引き上げた。それにしても、いい曲だ。歌詞は月並みといえば月並みだが、全体的に、ぐぐっとくる曲だ。いつかラッパで演奏してみたい。

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仲間

 仲間はいいものだ。ただ、「仲間」と思えるほどの人間関係を築き上げるは容易ではない。この際、頻繁に会っているかどうかはどうでもよい。「仲間」と思えるかどうかが重要である。おそらく、中学校、高校など、毎日顔を合わせるような環境にないと、仲間を作るのは難しいだろう。社会人になると、特に難しくなるものだ。
 ところが、社会人になっても仲間を作れる方法がある。一定期間、海外で寝食をともにすることだ。妙な連帯感が生まれるのだ。同性だというのに、まるで、ラブワゴンで旅をした仲間のように。写真は、東南アジア某先進国でのラスト・ナイト。現地のOL達と楽しく会話をしているところをファインダーに収めた。
 彼らとは帰国してからも立て続けに会っている。今月も会う予定だ。皆それぞれ、公認会計士としてたくましく生きている。それだけでも励みになる、いい仲間だ。

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45歳から海外を目指す

 2か月ぶり位にようやく髪を切りに行けた。数年前に神楽坂に住んでいた時から通っている、一風変わった美容室だ。椅子は1つ。つまり、客は1人しかいない。美容師と一対一の、プライベートな美容室だ。
 その美容師K氏とは、ざっくばらんに、なんでも話す。仕事のこと、プライベートのこと、なんでも。K氏は現在45歳で、神楽坂で20年美容室をやっているというから、立派である。実は元ヤンキーで、かなりワルだったようだ(写真で確認済み)。しかし現在は、常に自分に厳しく、仕事に対しても誠実だ。業種は違うが、独立開業している者として、非常に勉強になる。
 そんな彼も、以前から海外で働くことが夢であり、近々実現しそうとのことだ。自分も短い期間ながら、海外で働いていたので、その意気込みに共感できた。なにせ、45歳からの海外だ。それまで日本で築き上げてきたものを捨ててだ。ちなみに、そんなチャンス到来に備え、体を鍛えたり、日々の生活を節制したりと、準備を続けてきたそうだ。
 自分も、そんな45歳になれたらよい。45歳になっても、何事にもチャレンジできる、体と心を持っていたいものだ。
 

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