芸術的経営者を追求する、江幡公認会計士税理士事務所の心のブログ

月別: 2010年1月

信頼

 信頼しているとは、どういう状態をいうのであろうか(写真は”ノブヨリ”)。まず一般的なイメージを得るために、「信頼」で画像検索すると、「握手」している画像が散見された。しかし、自分にはしっくりしない。自分にとって「信頼」とは、握手よりももっと深く、ある意味「つらい」状態のような気がする。
 なかなかよい言葉が見つからないが、「信頼」、特に、「相手を信頼する」とは、当該「相手」が自分に対して「つらい」状況を作り出すことがあっても、それを上回るほどの価値を相手に感じ、相手を尊重することだと考える。言い方を変えれば、当該「相手」のプラスもマイナスも受容できる、または、「お互いに」相手の悪いところ・自分の悪いところを受容しあえる、そんな「仲」のように思える。
 だとするならば、信頼関係が最も固く、それでいて、信頼関係を築くのが最も難しのは、「家族」ではないだろうか。特に、「夫婦」は?
 いずれにせよ、「信頼」とは、「つらい」面もあるが、(いい意味で)やめられない。

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猿楽珈琲

 開店から18年という代官山の老舗珈琲専門店。八幡通りには、歩いていても気づかない程ほんの小さい表示。表看板も地下へ続く階段の先にあるので、どこにお店があるのか分からないかもしれません。その日に焙煎され、布で漉されて出来上がった香りのいい珈琲に出会える。お酒の飲めなかった店主が、お酒を飲むような趣のある空間に美味しい珈琲を出したい、と始めたお店。各テーブルには“穏やかにおすごし下さい。”と但し書きがある。静かな二人か、独りで和むのにふさわしい雰囲気の店内であり、集中して読書をしたいとき、手紙を書きたいとき、心を整理したいときに適している。そんな聖域に魅かれ、ひとりで足を運ぶ常連も多く、抑え目の照明、仕切り板が程よいプライベートエリアを作ってくれる。
 大学1年生の時にアルバイトをさせて頂いた。マスターには、珈琲はもちろんのこと、生き方、作法、音楽など、いろいろと教えて頂いた。様々な出会いもあった。とにかく、「こだわり」のマスターであり、お店そのものがマスターの生き方のような気がする。折を見てまた訪れてみたいと思う。

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BURT’S BEES

 バーツビーズは1984年にアメリカ・メイン州で生まれたナチュラル・トータルケアブランドである。都会の生活に飽きて田舎の蜂蜜職人に転職した創立者のバート・シャビッツとロクサンヌ・キンビーが、余っていたミツロウをキャンドルにして近所に手売りしたことが始まりである。地球に優しく、人に優しいを信条にバーツビーズの製品は全てキッチンやガーデンで見かけられるような、天然由来の成分で作られている。現在、バーツビーズの製品数は150以上に上り、取り扱い小売店はアメリカ全土やカナダをはじめとし、全世界で30,000店以上になる。その品質の高さ、そしてキュートなパッケージは世界中のファンに愛されている。
 この逸品は、まずは、デザインの良さである。残念ながら、現在の日本のプロダクトでは、このようなクールなデザインはないかもしれない。また、デザインのみならず、品質もよい。元々、ハンドクリームなどを使う習慣がなかったが、この「BURT’S BEES」に出会って以来、習慣化した。米国旅行した際のお土産にも最適である。

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浜松市

 浜松市(はままつし)は、静岡県西部にある市。2007年4月1日に政令指定都市となった。戦国時代には城下町、江戸時代には宿場町として栄えた。中世に浜松と呼称されるようになったことが、史書にもある。元は曳馬(ひくま)という地名だった。徳川家康が曳馬(引馬)を浜松と改めたことで、以後、浜松として定着する。
<楽器>
 浜松は、楽器産業が盛んな都市である。特にピアノは全国シェアの100%を占める独占産業である。市内には、首位のヤマハや河合楽器製作所、2005年からはローランドの本社もあるので日本の三大楽器メーカーが浜松に存在することになる。ピアノの他にも浜松では、電子オルガンや電子ピアノ、シンセサイザーや管楽器、ギターなど、さまざまな楽器の生産が行われている。メロディオン、ピアニカ、ハーモニカなどの生産も多い。
<輸送機器>
 本田技研工業創業の地で、現在もオートバイ(中型・大型二輪車)の主要工場があるが、2009年内に二輪車の生産を熊本工場に集約することが発表された。また、スズキの本社工場もあるがエンジンの生産のみで、完成車は生産していない。現在の浜松のオートバイ産業は、全国の60%以上を占めている。
<繊維産業>
 浜松には多くの繊維工場が存在し、特に浴衣の生産では全国有数の生産地域となっている。
<光電子技術産業>
 浜松高等工業学校(現静岡大学工学部)助教授(後に教授)の高柳健次郎が、テレビジョンを発明した。高柳の教え子らが創業した浜松ホトニクスの本社と主要工場がある。
 市内の高丘地区には、航空自衛隊浜松基地がある。その歴史は古く、大正時代に浜松に設置された陸軍飛行連隊がその前身である。昭和に入ると陸軍飛行学校が設置され、浜松は陸軍の重爆撃機の基地となった。太平洋戦争の戦況が悪化すると、浜松は航空基地や、軍需工場の存在とともに、米軍機の日本侵入路に当たっていたため、ほぼ同様の地理条件にあった静岡市と並び、米軍の爆撃目標値に対する実際の爆撃率において全国の都市の中では数少ない100%を超える空襲や艦砲射撃を受け、多くの市民が命を落とし、市街地は焦土と化した。終戦後一時、浜松基地はアメリカ空軍の不時着飛行場となり、1952年に組織された保安隊の航空学校が設置され、日本初の航空基地となった。保安隊はその後、航空自衛隊に改称され、1958年に浜松基地は南基地・北基地に分離したが、1989年に統合して、現在に至っている。所属部隊はパイロットや航空機等の整備員を養成する教育部隊が中心で、航空教育集団司令部がある。1999年には広報館「エアーパーク」も開館し、多くの人が訪れている。また、毎年行われる航空祭(エア・フェスタ)には、全国から多くの航空ファンが訪れている。
 いまや政令指定都市の浜松市。地方都市の衰退(特に商業)が目立つ中、浜松市も例外ではないと思うが、駅前や繁華街を見ていると、活気が失われているわけではないように思われる。やはり、戦前・戦後の製造業、やらまいか精神などが土台にあるからだろう。底力のようなものが感じられる。日本の自動車産業、楽器等、日本を支える産業がある浜松市には、今後とも、日本を代表する都市であってほしい。

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デザイン

 デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語designareである。つまりデザインとは、ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。日本では図案・意匠などと訳されて、単に表面を飾り立てることによって美しくみせる行為と解されるような社会的風潮もあったが、最近では語源の意味が広く理解・認識されつつある。
 私の趣味は、『時空を超えて美しいもの (古い車、古い建築、古い音楽など) 』である。つまり、ナガオカケンメイ氏の言葉を借りるならば、「ロングライフ」のものに対して殊のほか興味がある。例えば、仕事道具の一つである、「タフなかばん」。パソコン、専門書、筆記用具等を入れると、重さは20kg位になろうか。こいつのせいで腰痛が引き起こされたと言っても過言ではないが、とにかく、タフでなければならない。とことんタフであることといえば、とことん合理的であること。とことん合理的といえば、ヨーロッパではなくアメリカである。私は、新人の時に購入したTUMIのかばんを、修理しながら10年使用した。最近また壊れてしまったので修理をしようとしたが、新しいものを購入した方が安上がりだと言うので、やむなく、新しいものを購入した。靴もしかり。修理しながら長く履く。なんでもそう。長く使うと思い入れが出てくる。
 上記で、さりげなく「ナガオカケンメイ氏」と書かせて頂いたが、私と同じく美しいものが好きな妻が、「D & DEPARTMENT PROJECT」の存在を教えてくれた。昨年のクリスマスはそのレストランで過ごした。美しいもの(かっこいいものを含む)に囲まれて幸せなひと時を過ごせる場所である。
 代表のナガオカケンメイ氏の著書を拝読したが、共感できる部分が多く、公認会計士である「等身大の自分」が何かお手伝いできることがあればお手伝いさせて頂きたいと考えている。ただ、ナガオカ氏の元には、自称「ファン」が集まって来るものの、実際には仕事が長続きせず辞めてしまう人が多いという。軽々しくは「お手伝いします。」などと言えないのかもしれないが、たまたまナガオカ氏がお店にいらっしゃれば、是非お話させて頂きたいと思う。「デザイン」と一言でいっても、その裏側には、すべての仕事に共通するような「地味な仕事」「力仕事」「やっつけ仕事」などがあるのだろうから、それらプラス・マイナスを含めて、総合的に考える必要がある。どんな仕事でもそうかもしれない。

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団塊の世代

 団塊の世代(だんかいのせだい)とは、第二次世界大戦直後の日本において、1947年から1949年までのベビーブームに生まれた世代である。戦後第一次ベビーブーム世代とも呼ばれる。第二次世界大戦後の日本の歩みと人生を共にしており、現在の日本は彼らがあってこそのものである。ただ、明治・大正世代の人間の教育を受けていること、またその特異な人口構成ゆえに、良くも悪くも日本社会の形成に大きな影響を及ぼしている世代である。
 私は、団塊の世代の子供であるので、どうしても団塊の世代について考えざるを得ない。戦後の日本を支えてきたこと、彼らがいるから現在の我々がいること、現在もバリバリ現役の経営者で自分のお客様であること、彼らが引退した後に果たしてバトンタッチができているか等々、話題に尽きない。今後とも、折を見て触れていきたいと考えている。いずれにせよ一つ言えることは、数十年間一生懸命働き、家庭を維持し、子供を育て上げたということだけで、立派である。

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パシュミナ

 パシュミナは、カシミヤ繊維等を糸に紡ぎ、織り上げた、ネパールやインドで伝統的に作られてきたストール・ショールおよびその素材を指す。非常に弱い糸から生地を織り上げるため、インドでは「DIVINE WEAVE」と言われている。 ネパールでは経糸にシルクを使用して織り上げたストールが主になる。一般的なカシミヤストールは、カシミヤ繊維の持つ縮充性を利用してフェルト化させた生地を用いるが、パシュミナストールは、カシミヤ繊維を糸に紡ぎ、織り上げるため、生地が薄く、光沢感が高いと言う特徴を持つ。 近年、そのファッション性の高さから、欧米や日本等の先進国を中心に流行したため、それらの地域ではパシュミナという名称が一般化された。パシュミナストールの素材もまたパシュミナと呼ばれる。伝統的には、パシュミナはヒマラヤ山脈に生息するカシミヤ山羊およびその近似種から採取された素材とされているが、明確な定義が無いため、現在はパシュミナ素材からではないものまでパシュミナとして販売されていることがある。
 「パシュミナ」とは、「パシュミナ・ストール」のことを指すとこれまで認識していたが、上記のように、「パシュミナ素材」のことも意味するということは知らなかった。サイゴンのある店であるパシュミナを手に取り、「この素材はなに?」と店員に質問したところ、「パシュミナ!」と言うから、「う~ん、話がかみ合っていないなあ。」と思ったものだが、そういうことだったのだ。
 そういえば、大学生の頃、冬に開催された合コンで、誇らしげにパシュミナを自慢している女性がいたのを記憶しているが、彼女は今頃、どこで何をしているのだろうか。

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